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 『鉄道さんぽ』は開催以来、偶数月にやる企画にしていまして、本来は8月中にすべきだったのですが、足の怪我もあって延期にしていまして、今回は9月にやらせて頂きました…。そんな今回の路線は京成電鉄押上線。『鉄道さんぽ』では初の京成電鉄の路線です。東京都墨田区の押上駅と葛飾区は青砥駅を結ぶ 5,7km の短い路線ですが、押上駅より先は都営浅草線、京浜急行電鉄(以後、京急)、青砥より先は京成電鉄本線、芝山鉄道、北総鉄道と乗り入れていて、列車の運用はとにかく複雑です。
 押上線は京成電鉄で最も古く、1912年に押上駅〜曲金駅(現、京成高砂駅)〜伊予田駅(現、江戸川駅)が開業した区間の一部分となっています。今でこそ、京成電鉄のターミナルは京成上野駅となっていますが、当時は押上駅がターミナルでした。その後に青砥駅から上野方面への路線が分岐し、こちら側が本線、押上方面は押上線となったのです。
 路線名的には支線の扱いになったのものの、1960年には都営地下鉄1号線(現、都営浅草線)との相互直通運転が開始されました。この為に京成電鉄は線路の幅を都営線に合わせて改軌しており、京成電鉄の本気度が窺えるというものです。これで京成線内からは乗り換え無しで都心に向かえるようになり、利便性は本線より格段に勝りました。これは、地下鉄と郊外の民鉄事業者による初の乗り入れケースとなり、現在では当たり前となっている他社路線同士の直通運転の元祖でもあります。この都営浅草線は1968年に泉岳寺駅まで達し、京急とも相互直通運転を開始。ここで京急、都営、京成による、日本初の三社相互直通運転が開始され、今年はその50周年の年でもあるのでした。
 前述のように、現在は相互直通運転区間は更に広がり、列車の行き先を見ても、押上駅行き…というのは殆ど無く、京急線内の羽田空港駅行き、三崎口駅行きが目につきます。また、反対方面では北総鉄道線内の印旛日本医大駅行きや、更に越えて成田空港駅行き等も目立ち、押上線は単独路線というより、様々な路線を振り分ける幹のような役割を果たしている路線とも言えましょう。行き先は勿論の事、乗り入れる車両も多様なので、京成電鉄の路線ではないような錯覚も起こしてしまう程の路線。最近はそのラインナップに、都営浅草線の新型、5500形も加わりました。そんな押上線の現状をお送りしていきたいと思います。それではどうぞ御覧下さいませ!


 
●日時…2018年9月2日 ●路線距離…5,7km ●駅数…6駅

    

 お楽しみに!

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 今回の『鉄道さんぽ』は、またまた久し振りに関西に足を延ばし、京都府の木津駅と京都駅を結ぶ、JR西日本の奈良線を取り上げたいと思います。奈良線…と言っているのに奈良駅が出てきませんが、実際に路線は奈良県内には一切通っていません。その代わり、木津駅からJR関西本線に乗り入れる形で、木津駅まで来る列車は全て奈良駅まで到達しています。つまり路線の性格上は、奈良と京都を結ぶ都市間路線としての部分が大きいとは思います。これは、当初は奈良鉄道として奈良駅〜京都駅間で開通させるも、鉄道国有化後に、木津駅〜奈良駅間は関西本線に編入されたという歴史がある為です。
 さて、この奈良線ですが、競合する形で近畿日本鉄道(以下、近鉄)京都線があり、こちらは市街地の近くを走る部分が多い事から以前から列車本数で勝り、利用者数にも水を開けられているのが事実です。それこそ奈良線は非電化、単線の路線でしたが、1984年に遅れつつ電化、そしてJRになってからは輸送改善が進み、現在では一部が複線化され、更に複線化工事も進められている状態で、やっと近鉄と同じ土俵に立ててきたという感じなのかもしれません。
 2001年には当初予定されていた複線化の部分が完成し、JR西日本自慢の設備を持つ車両である221系を使った『みやこ路快速』が設定され、速達列車が増発、所要時間も大きく短縮され、近鉄の急行列車(特急列車は更に速いのですが、特急料金が必要です)と同じくらいの到達時間になりました(奈良駅〜京都駅間で、ほぼ45分)。『みやこ路快速』は設定当初は全列車4両編成でしたが、現在では6両編成で運転される列車も増えてきています。
 これで近鉄に並んだかのように見えますが、まだまだ絶対数的には近鉄が抜きんでいて、快速を除く普通列車の利用状況を見ると、近鉄京都線の通らない稲荷駅や宇治駅からの京都駅間利用以外では、まだまだローカル線のような状態と言っても差し支えない感じではありましょう…。今まで、どちらかというと改善のメスは快速列車に向いていて、車両に関しても、快速等の速達列車は221系で統一されましたが、普通列車は長年、国鉄型である103系での運用が基本ではありました。
 103系というと、既に関東圏内では見られなくなって久しいですが、関西では随分と長生きしていて、以前にここでも取り上げた〔鉄道さんぽ 41.(JR西日本、阪和線編)〕や〔鉄道さんぽ 46.(JR西日本、大阪環状線編)〕では、さんぽ実行日にもまだ活躍している状況でした。しかし、これが最近になって、急速にその姿を減らすようになってきてしまったのです。上記の阪和線や大阪環状線では既に完全引退をしており、ここ奈良線でも103系の廃車進行により、普通列車の約3分の1が221系による運行となりました。そして今年2018年3月のダイヤ改正では、阪和線で引退になった205系1000番台5編成が奈良線へ転入。積極的に運用に投入されており、日中は103系の稼働を見るのが難しくなってきた感じもありました。
 こうなると、やはり『鉄道さんぽ』に出向かざるを得なくなります。阪和線や大阪環状線、そしてここではまだ取り上げていませんが、JR関西本線でも近年103系が引退になり、もはやオリジナルの103系4両編成を見るにはここ奈良線が最後の砦になっていると言っても過言では無いのです。
 実際に奈良線に足を運んでみると、予想以上に221系が幅を利かせ、そして205系も頻繁にその姿を見られるのが分かりました。その日、日中に動いていた103系は2編成だけだったようで、それでも動いていただけマシだったのかもしれません。阪和線には205系0番台の車両も余っているので(既に当線からは引退済み)、その気になればすぐに103系全編成を置き換えられる事は可能でしょう。この先どうなるかは分かりませんが、今のうちに足を運んでおいて良かったと思いました。そして、ここでの103系のウグイス色塗装が、また奈良線によく溶け込んだ塗装だった事にも気付けました。現在のJR奈良線の状況、どうぞ御覧下さいませ。


 ●日時…2018年6月10日 ●距離…34,7km ●駅数…19駅

     

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 ついにシリーズ50回目となった『鉄道さんぽ』。今回は新宿駅から神奈川県の小田原駅を結ぶ、小田急電鉄小田原線を取り上げたいと思います。単に小田急線…とも呼ばれるこの路線の歴史は、1927年4月1日、新宿駅〜小田原駅間を一気に開業させたところから始まります。一部単線で開業したこの路線も、半年後には全線複線となり、急行運転が開始されました。1935年には新宿駅〜小田原駅間の週末温泉特急の運転も開始されており、当初から特急列車の運転に意欲的だった事が分かります。
 1940年に帝都電鉄(現、京王井の頭線)を合併させるも、1942年には陸上交通事業調整法の趣旨に則り、東京横浜電鉄(東京急行電鉄の前身)に京浜電気鉄道(現、京浜急行電鉄)と共に合併され、東京急行電鉄の路線となりますが、1948年には分離し(この時点で、帝都電鉄の路線は京王電鉄に組み込まれました)、この時に箱根登山鉄道が関係会社に加わりました。
 1950年には箱根登山鉄道への乗り入れが開始され、翌年には本格的ロマンスカー1700形がデビューする事になります。その後、1957年就役の3000形ロマンスカーSE車を始めとして、小田急と言えばロマンスカー…と言われるくらい、時代と共に登場させる各種ロマンスカーの登場は鉄道会社にも大きな影響を与えてきました。
 そんな小田原線ですが、箱根への観光要素の他に、通勤・通学路線としての要素も相当大きい路線となっています。最混雑区間である世田谷代田駅〜下北沢駅間は、1960年の時点で既に235%となっており、混雑緩和に向けて車両数を増やしたりして対策を図るも、1993年までは200%を越えていました。現在は少し下がっていますが、それは輸送量の減少によるもので、ほぼ横ばいの状態で、輸送力の増加ももはや限界というところまで来ていました。
 しかし、今年2018年3月に、小田急待望の複々線化が全通(代々木上原駅〜向ヶ丘遊園間の12,3km…登戸駅〜向ケ丘遊園駅間は暫定的に上り線2線、下り1線)し、列車の本数も飛躍的に増やす事ができ、混雑率も150%ぐらいまで下がる見通しとの事です。この新たな複々線化工事は1997年の喜多見駅〜和泉多摩川駅間の2,4kmから始まっており、自分も、ここから全通完成まで一体どれくらい掛かるものなのか、今か今かと待っていた状況でもありました。特に下北沢駅付近での工事は素人目的にも大変そうで、あれから20年…ついに完成がなされたのでした。
 そして、同じ頃には最新型のロマンスカー70000形(GSE車)もデビュー。これと入れ替わりで、現在のロマンスカーの最古参車、1980年に登場した7000形(LSE車)がありますが、こちらは残り1編成になり、2018年度中に引退させる事も発表…。これを受けて、『鉄道さんぽ』するなら今だと思ったものです。
 自分も仕事の移動等でよく使わせて貰っている路線である小田急小田原線ですが、よりじっくり、そしてより楽しく今回は乗っていきたいと思います。それではどうぞ御覧下さい!


 ●日時…2018年4月30日 ●距離…82,5km ●駅数…47駅

    

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 2018年最初の『鉄道さんぽ』は、またJRからの回…という事で、JR東日本の八高線を取り上げたいと思います。路線名は八王子の「八」と高崎の「高」に由来していて、八王子駅から関東平野の西端を北に進むようにして、JR高崎線の倉賀野駅までを結んでいる路線です(ここまで来る列車は全て、隣りの高崎駅を起終点としています)。東京都内のJR路線では最後まで非電化で残っていた路線で、1996年に高麗川駅〜八王子駅間が電化され、高麗川駅以南の列車はJR川越線〔鉄道さんぽ 22.(JR東日本、川越線編)参照〕の高麗川駅〜川越駅間と直通運転がされるようになりました。これによって八高線は運転上、高麗川以南と以北に完全に分断される事になり、この間を跨ぐ列車は設定されなくなりました。
 高麗川以北である非電化区間の車両は、以南の電化と同時にキハ110形200番台で統一され、それ以降大きな変化はありませんが、高麗川以南の車両は電化以降、車両の変化が大きく起こる事になります。当時、川越線の高麗川駅〜川越駅間で使用されていた103系3000番台と共に、全くの新造車である209系3000番台が投入されます。その後、103系3000番台の老朽化に伴い、209系3100番台や205系3000番台が投入され、ステンレス車両で統一が出来たのが2005年頃でした。
 そして時代は経ち、今度は205系3000番台が老朽化してきます。その第1編成目が廃車されたのが2018年2月の頭頃…つまり今月です…。それに替わって2月19日から、E231系3000番台の運用がついに始まりました。これは何を意味するかというと、八高線車両(電車)の世代交代が始まったという事にもなります。入れ替わる車両はE231系3000番台だけではなく、209系3500番台も用意されており、これらはJR中央総武緩行線からの転用改造車です。なぜ中央総武緩行線から転用されてきたかというと、現在、JR山手線
鉄道さんぽ 39.(JR東日本、山手線編)はE235系投入の真っ最中で、以前山手線で走っていたE231系500番台を中央総武緩行線へ転用、そこから玉突きのように出された車両が、八高線に回ってきたという事なのです。山手線で使用される車両数は膨大で、数から言うと、簡単に八高線の全車両を置き換えてしまいそうであり、今後のE235系の新造導入ペースが、八高線車両の世代交代に大きく影響を与えていると言っても良いでしょう。尚、この玉突き転用は八高線だけではなく、同じく205系を使用しているJR武蔵野線にも転用させており、今後は都内で205系を見られる機会がどんどん減ってくるように思います。八高線で活躍している205系3000番台は、元はJR山手線で活躍していた車両が転用されてきたもので、ドアの窓が小さい(初期の205系の特徴)のですが、このまま全車廃車になる可能性が高く、先頭車改造されたその車両を見られるのも今のうち…といった感じでしょう。
 E231系3000番台と共に活躍する205系3000番台が見られる今こそ、八高線を今回選んだ大きな理由の1つです。バラエティに共存する車両と共に、八高線ならではの長閑な車窓をお楽しみ頂ければと思います。それではどうぞ御覧下さい!


 ●日時…2018年2月12日 ●距離…92,0km ●駅数…23駅

    

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 2017年最後の『鉄道さんぽ』は、新潟県の柏崎駅と新潟駅を結ぶ、JR東日本の越後線を取り上げたいと思います。1900年初頭、柏崎駅〜新潟駅間は既に信越本線が運行を開始していましたが、そのルートは内陸部の長岡や三条を経由していたので、柏崎から日本海側を経由して新潟に至る鉄道が計画されました。それが越後線の前身となる越後鉄道です。
 越後鉄道は1912年〜1913年にかけて全通されましたが、資金不足の為に新潟近辺で信濃川に架橋する事ができず、新潟側のターミナルが信越本線新潟駅とは信濃川を隔てて、対岸の白山に置かれる事になりました。その後、途中に多くの駅が新設されるも、経営難に悩んでいた越後鉄道は1927年に国有化され、国鉄越後線となります。
 その後、1943年に信越本線の旧新潟駅(現在とは場所が異なりました)から越後線の関屋駅間に、戦時中の物資輸送という目的で貨物線が敷設され、両線はついに信濃川を渡って線路で結ばれる事になりました。そして、戦後の1951年に旅客営業が開始。同年に白山駅をこの路線上に移転させ、開業時の関屋駅〜白山駅を廃止させました。そして1956年には新潟駅がこのルート上に移転開業され、ほぼ現在の越後線の形態が出来上がります。
 越後線は柏崎駅〜新潟駅間の中、途中の吉田駅を境に運転がほぼ二部されています。柏崎駅寄りの区間はローカル度が非常に高く、それは日中は3〜4時間も列車が来ない時間帯が存在するくらいで、朝夕の通勤・通学輸送に特化した区間でもあると言えましょう。逆に新潟駅寄りは、吉田駅〜内野駅間でほぼ1時間間隔、内野駅〜新潟駅間では20分間隔のダイヤが組まれている等々、燕市、新潟市近郊の気軽な足として利用されています。
 特急列車は無く、普通列車ばかりが運行する地味な路線ではありますが、ここを走る国鉄型車両の115系の廃車が後を絶ちません。〔鉄道さんぽ 44.(JR東日本、両毛線編)〕でも取り上げましたが、現在、全国的に115系という車両の置き換えが進んでおり、既にこのエリアでは後継車両であるE129系も登場しているので、引退も時間の問題と言えるでしょう。幸い新潟エリアではこの越後線の他に、JR信越本線やJR白新線等、多くの範囲で使われていてその両数も多かったので、まだ全面的に置き換えをするには到っていませんが、路線によっては全ての運用が置き換わってしまった所もあり、予断は許しません。
 ここでの115系は、かつては4両編成や2両編成も存在しましたが、現在はN編成と呼ばれる3両固定編成の車両だけが活躍している状況です。…とは言え、ラッシュ時を中心に、それらを繋ぎ合わせた6両編成の運用も多く、まだまだ最前線で活躍していると言っても差し支えは無いでしょう。最近は旧塗装に塗り替えられた車両も出てきて、これが逆に、引退が間近ではないのかと思わせる事でもあるのですが、今のうちに、いま現在の越後線を見ていく必要はありそうと思い、今回取り上げさせて頂きました。東京では見られなくなってしまった115系の活躍を含めて、お楽しみ頂きたいと思います。それではどうぞ御覧下さい!


 
●日時…2017年12月23日 ●路線距離…83,8km ●駅数…32駅

      

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 今回の『鉄道さんぽ』は、東武鉄道の鬼怒川線を取り上げたいと思います。路線名にある通り鬼怒川温泉、そして東武ワールドスクウェア等の沿線名所を抱え、更には会津方面への経路でもある事から、中距離輸送の需要が高く、観光路線のイメージが大きい鬼怒川線ですが、当初は現在の東京電力鬼怒川発電所への資材運搬の為に、大谷向今市駅(現、大谷向駅)から開通された路線でした。会社名は下野軌道(後に下野電気鉄道に改称)という軽便鉄道で、線形は急曲線が連続する等、これは改軌された現在でもその名残が見られる程です。
 一時期は大谷向から新今市駅(現、JR今市駅前)へ路線を伸ばすも、1929年に東武日光線が下今市駅まで延伸されたのを機に同路線と連絡を図るようになり、新今市駅への路線は廃止させました。この時、東武鉄道との乗り入れを考慮して、路線を改軌させます。その後、鬼怒川や川治温泉が世間から認知されるようになってきますが、乗合自動車業者との競争が激化、下野電気鉄道は経営困難に陥り、1943年に東武鉄道に買収、東武鬼怒川線となりました。
 その後、1948年には特急列車が走るようになり、車両も豪華になってきて、観光路線としてのイメージが定着し始めます。また、1986年には終点の新藤原駅より先の区間に野岩鉄道会津鬼怒川線〔鉄道さんぽ 7.(野岩鉄道、会津鬼怒川線編)参照〕が開通して、東武鉄道の浅草方面と直通運転を開始しました。1990年には更に先の会津鉄道の会津田島駅まで直通区間が伸びています。
 こういった路線背景があるので、ここを通る列車というと、特急列車は勿論、以前は快速列車が東武鉄道の浅草駅と鬼怒川温泉駅、そしてその先の会津田島駅を結んでいて、料金不要の快速列車とは言え、浅草駅〜新藤原駅を約2時間半、浅草駅〜会津田島駅間では約3時間半という、私鉄では珍しいくらいの長距離を走る列車が数多く設定されていました。しかし、この快速列車は2017年4月に廃止され、その代替で栃木駅、新栃木駅〜会津田島駅間等の普通列車が設定されました。また、下今市駅で進行方向を変え、東武日光駅方面へ直通する列車も多く設定されています。
 特急列車は以前は東武日光線を介した浅草駅行きのみの列車でしたが、2006年にはJR線を経由して新宿駅まで直通運転する列車が登場。東武の車両がJR線に乗り入れ、逆にJRの車両も鬼怒川線に乗り入れてくるようになりました。
 先程の2017年4月のダイヤ改正では、快速列車の廃止に替わって、特急リバティが登場。快速列車が走らなくなった浅草駅〜会津田島駅間の直通列車を特急として担う事になりました。この列車は下今市駅〜会津田島駅間は座席を指定しない場合に限り、特急券無しで乗車出来るという、新たな列車形態をもたらしました(東武鬼怒川線、野岩鉄道線内は基本的に各駅停車)。
 そして、記憶に新しい2017年8月。この鬼怒川線に、なんと蒸気機関車(SL)の運転が復活する事になりました!…東武鉄道自体は以前は蒸気機関車運転もしていた鉄道会社ですが、それでも1966年に東武佐野線で引退してから、実に51年振りの運転再開…。これには自分でも驚いたものです。勿論、運行にあたっての車両は既に所持していないので、どこからか調達してこなければならないのですが、これもまた鉄道会社を越えた協力がありました。
 このSL運転にあたって、編成はSL+車掌室+客車3両+ディーゼル機関車(補機)という事になったのですが、まずSLはJR北海道から借り受け、車掌室はJR貨物とJR西日本から1両ずつ譲り受け、客車は予備編成も含めて6両をJR四国から譲り受け、ディーゼル機関車はJR東日本から、それぞれ譲り受けたのでした。こんな事が可能なのだと思いましたが、また、SLを必ず正向きで運転させる為に、車両自体の向きを変えさせる転車台も、JR西日本の長門市駅構内にあったのものと、JR西日本三次駅構内にあったのものが、それぞれ譲渡を受けて運ばれ、整備されて下今市駅と鬼怒川温泉駅に配置されています。

 ここまでしてSL運転を行わせようとしている東武鉄道の最近の動きは凄く、列車も『大樹』と名付けられ、週末を中心に下今市駅〜鬼怒川温泉駅間を3往復しています。これは早々に乗る必要がありましたし(笑)、先述の2017年4月のダイヤ改正で鬼怒川線の運行形態は大きく変化したので、今回、『鉄道さんぽ』として取り上げるのも時間の問題だったと言えましょう。…以前から東武鉄道が好きだったので、学生の頃(特に中学生辺り)は本当によく乗りにきていた東武鬼怒川線。現在はどのような姿になっているのでしょうか。どうぞ御覧下さいませ!


 ●日時…2017年10月9日 ●距離…16,2km ●駅数…9駅

    

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 今回の『鉄道さんぽ』は久し振りに関西に舞台を移し、JR西日本の大阪環状線を取り上げたいと思います。環状線と言えば〔鉄道さんぽ 39.(JR東日本、山手線編)〕が思い浮かびますが、こちらは正式な路線区間は品川駅〜田端駅間だったのに対し、大阪環状線は起点、終点とも大阪駅となる等、登録上も正式に環状線となっています。
 …とは言え、やはり最初から環状線として建設されたものではありませんでした。その歴史を辿っていくと、大阪鉄道という私鉄が現在のJR関西本線の柏原駅〜天王寺駅〜湊町駅(現在のJR難波駅)を1889年に開業させたのが始まりです。その翌年に今宮駅が開業され、大阪環状線で一番古い区間は今宮駅〜天王寺駅間と言う事も出来るでしょう。その後、この天王寺駅と東海道本線の大阪駅を結ぶ目的で、京橋駅を通る現在の東ルートが1895年に開通しました。大阪鉄道は1900年に関西鉄道に吸収合併され、1907年には国有化、1909年にこの路線は城東線と名付けられます。
 この歴史とは別に、当時の大阪港だった安治川河口付近と大阪駅との資材運搬、臨海鉄道という目的で、1898年に西成鉄道という私鉄が大阪駅〜安治川口駅間を開業させています。安治川口駅〜天保山駅(後にルートが変更され桜島駅へと改称)を延長させて1906年に国有化、1909年に西成線と名付けられました。これは、現在のJR桜島線(ゆめ咲線)の元になっている区間もあります。
 大阪環状線は、この城東線の天王寺駅と、西成線の西九条駅を大正駅を通る西ルートで繋いだ路線となりますが、その開業は1961年と、だいぶ後となりました。これは、大阪海側の地域がまだまだ開発途上であり、既に工業地や住宅地、湾岸地帯で締められていて、東京の海側である銀座のようなオフィス街、繁華街として発展する見込みが遅れた為とも言えます。ひとまず環状線が完成されたこの時、桜島駅〜西九条駅は桜島線となり、また、今宮駅〜天王寺駅間は関西本線との重複区間になりました。
 環状運転が始まった1964年(それまでは桜島駅〜西九条駅〜大阪駅〜京橋駅〜天王寺駅〜西九条駅という、逆「の」の字運転でした)以降ですが、やはり利用者の多くは京阪本線やJR片町線(学研都市線)と接続する京橋駅、近鉄奈良線や大阪線と接続する鶴橋駅を通る東ルートに集中し、西ルートの乗降客数は伸び悩んでいました。故に、大阪環状線と“環状線”…とは言いながらも、大阪駅〜京橋駅〜天王寺駅間の区間列車が数多く設定され、東ルートと西ルートでは列車頻度も異なっていました。
 しかし、この運転密度が低くなる西ルートを利用して、1973年に関西本線から直通列車が走り始めます。これは奈良方面から来た列車が、天王寺駅からそのまま大阪環状線内の西ルートに入り、大正駅〜大阪駅〜京橋駅と通って、再び天王寺駅まで着くというルートです。大阪環状線内は快速運転(主に西ルート区間)を行い、列車頻度の低さをスピードで補いました。
 この直通形態は現在でも続き、大阪環状線のダイヤの特徴を表しているもので、1989年には特急「くろしお」号との阪和線直通(大阪方では貨物線を利用し、新大阪駅、更には京都駅へ直通)、1994年の関西国際空港開業後は、関空特急「はるか」号を始め、関空・紀州路快速等の列車が次々と大阪環状線内に乗り入れる事になり、運転密度は増加する運びとなりました。現在では、日中の3分の2の列車が直通運転を行って環状線を逆「の」の字で運行するダイヤとなっています。

 こうして現在の大阪環状線が出来上がりましたが、駅舎や車両が古く、JR西日本の代表路線としては更新も遅れていた事から、2013年から「大阪環状線改造プロジェクト」というのが始まり、安全で快適な駅づくり、施設のリニューアル、地域と他交通業者との連携、車両新製等が進められています。実際に乗ってみるとその変化は大きく、いま大阪環状線は大きな節目の時にいるような印象も受けました。そのうちの1つはやはり車両で、従来の103系や201系に代わり、323系という車両が集中投入されていて、これも2018年度には全て置き換わる予定なのだとか…。これまで、旧国鉄型車両が見られる路線…というイメージだったのが、大阪のJR路線を牽引していくような最先端路線…と発していく事になりそうな勢いも感じられます。過渡期の大阪環状線。どうぞ御覧頂けたらと思います!


 ●日時…2017年8月13日 ●距離…21,7km ●駅数…19駅

    

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 今回の『鉄道さんぽ』は、この企画始まって以来の地下鉄の路線、東京地下鉄(東京メトロ)東西線を取り上げたいと思います。『鉄道さんぽ』で地下鉄…というのは、今までなかなか踏み込めない世界でもありました。何故なら、列車に乗りつつも、色々な駅で途中下車して、路線を外から“さんぽ”して眺める…といった趣向があるこの企画では、地下鉄という、地下を潜って進むという路線向きではなかったからです。
 しかし、都市部の地下鉄路線というのは、基本的に道路の下を通るように造られていて、上を走る道路を見ながら、地下鉄とはこのようなルートを通っている…と、想いを偲ばせるのも悪くない発想と考えつつ、今回、ある意味で実験的に?地下鉄路線を取り上げたのでした。
 …とは言え、東京の中野駅と千葉の西船橋駅を結ぶ東西線は、東京の中でも結構特殊な地下鉄路線でもあります。まず、南砂町駅〜西船橋駅間という、路線全体の半分弱を締める地上区間の存在です。近年は地下鉄路線も直通運転が拡大されて、地上区間を走る地下鉄車両は珍しくなくなりましたが、今でも自社線内だけで、これだけの地上空間を締める地下鉄路線は全国でも東西線だけです。この区間は地盤が弱かった事に加えて、建設当時はまだ住宅も少なく、高架は地下にするより建設費が10分の1程度までに抑えられたとか…。故に、千葉県内に深く進入しているにも関わらず、当時の営団線として開通出来ました。
 東西線は、元々はJR総武線のバイパス路線として造られました。東西線の開業によって総武線沿線から都心への所要時間は大幅に短縮され、東西線沿線は勿論、西船橋以遠からの乗客の流入によって、大変混雑する路線となっています。…この為に、快速運転が早々と運転されたり、地上空間に西葛西駅、南行徳駅、妙典駅の3駅が新たに新設される等、これも東西線ならではの特徴と言えましょう。
 つまり、東西線は都心部を走る地下鉄路線でありながら、郊外へ延びる通勤路線としての側面が非常に大きいのです。平均乗車距離の長さ、朝と昼の混雑率の差、定期券利用率の高さのいずれもが、東京メトロ路線のトップクラスにあります。線形が良い地上空間は線路の強化も行われており、現在は新幹線と同じクラスの60kgレールが使われています。つまり、それだけ重要視されている路線だという事でしょう。
 さて、東西線は自社線内だけでの車両もバラエティに富んでいます。形式的にも分けてみても05系、07系、15000系と3種類あり、特に05系は16年にもわたって製造され続けられていた事もあって途中での仕様変更が多く、見た目的には別形式の車両に思えるくらい、更に種類があるように思えます。これに、直通運転先のJR線の車両と、東葉高速鉄道の車両が加わります。15000系の装備は2011年度になって一時は落ち着くも、更なる混雑緩和を目指して(15000系はワイドドアなので、ラッシュ対策向きなのです)、2017年になって更に3編成装備されました。このような施行も、正に通勤路線ならではの側面と言えるでしょう。初の地下鉄路線という『鉄道さんぽ』ですが、それ以上に、現在の東西線の状況を知っておきたくなりました。それではどうぞ御覧下さい



 ●日時…2017年6月18日 ●距離…30,8km ●駅数…23駅

    

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 今回の『鉄道さんぽ』は、JR東日本の両毛線を取り上げます。栃木県の小山駅と群馬県の新前橋駅を、関東平野を東西に横切るような形で結ばせた路線で、元はこの地域で盛んに生産された生糸や織物を輸送の為に、両毛鉄道という鉄道会社が建設(小山駅〜前橋駅間)させました。その後、日本鉄道が現在の高崎線〔鉄道さんぽ 17.(JR東日本、高崎線編)参照〕を延長させる形で高崎駅〜新前橋駅〜前橋駅間を開業し、両毛鉄道と接続させました。現在も高崎駅〜前橋駅間が、高崎線とほぼ一体の運転を形成させているのは、この名残でもあるようです。
 その後、日本鉄道は両毛鉄道を吸収合併、1906年に鉄道国有法施行により国有化、そして1909年の名称設定時に両区間は統合され、小山駅〜高崎駅が両毛線となりました。更にその後の1931年に上越線が開業すると、新前橋駅〜高崎駅間は路線が重複する二重戸籍区間になりましたが、1957年に同線から両毛線が分離され、現在の小山駅〜新前橋駅間が両毛線となります。
 路線的にはこれで現在に至りますが、近年のダイヤ改正で、車両と運用に変化が生じてきました。まず、今まで115系と107系が中心だった当路線に、急に211系が台頭してきました。211系は高崎線や宇都宮線(東北本線)での引退後、廃車を免れた車両が次の活躍の場を求めて大量留置、リニューアルがなされていたのですが、それが着々と準備が進み、いよいよ本格的な置き換えが開始されたようです。現在では115系や107系の運用は朝夕が中心で、日中以降は殆どが211系が行き交う路線となりました。
 また、これは両毛線と言うより、上越線や吾妻線の話しなのですが、前述の通り、両毛線は小山駅〜新前橋駅間となっているも、列車は殆どがその先の高崎駅まで直通しています。そして、以前は上越線も吾妻線も、当たり前のように高崎駅始終着となっていたのですが、つい最近のダイヤ改正(2017年3月5日)で、日中の上越線と吾妻線の一部が、新前橋駅始終着に変更されたのです。つまり、高崎駅から上越線方面に向かうには、両毛線の列車で新前橋駅まで行き、そこから上越線列車に乗り換えなければならなくなりました。要は高崎駅〜新前橋駅間の列車本数削減政策で、確かに以前は、1時間あたりに両毛線列車3本、上越線1本、吾妻線1本と、計5本の列車は輸送過剰だったとも言えそうですが、今回のダイヤ改正では両毛線の本数も3本➡2本に減らされてしまい、この区間では大幅な減便が図られてしまったのでした。
 上越線と名乗っている区間に、両毛線の列車ばかりが発着しているという印象になってしまいましたが、このエリアではどちらかというとダイヤの減便、縮小の傾向が顕著に表れており、利用者が減っているという事を如実に感じさせます。
 そして、やはり車両の変化も大きいです。いずれは211系に統一させて、運用コストの低下を狙っているものと思われますが、ここにきて115系や107系が一気に希少価値の高い車両になってきました。一部では、107系の方が先に無くなるのではないかとも言われており、現在の両毛線を見ておくという価値は大きそうです。両毛線は小山駅が起点ですが、小山駅に向かう列車が下り列車として扱われており、今回は新前橋駅から“さんぽ”を進めていきたいと思います。それではどうぞ御覧下さい!

    


 ●日時…2017年4月16日 ●路線距離…84,4km ●駅数…18駅

 お楽しみに!

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 2017年最初の『鉄道さんぽ』。今年は私鉄から始まる年になります。また引き続きどうぞよろしくお願いします!…そんな2017年最初の路線は、東京急行電鉄(以下、東急電鉄)の池上線を取り上げてみました。池上線は、品川区の五反田駅と大田区の蒲田駅を結ぶ、東急電鉄の路線の中では短い路線で、列車も、終日3両編成の各駅停車がのんびりと走るような、都心にしてはノスタルジーな雰囲気がある路線です。
 その歴史は、池上本門寺参詣客輸送を目的に、1922年に池上電気鉄道が蒲田駅〜池上駅間を開業させた事に始まりますが、後に路線は徐々に伸び、1928年には五反田駅までの路線が全通しています。この時、五反田駅から先にも更に延伸する予定があった為に、駅周辺は山手線の線路を越えて高架で建設されました。そして、1934年には目黒蒲田電鉄(後の東急電鉄)に買収されて現在に至っています。
 長らく旧性能電車ばかりが活躍する路線でもありましたが、1984年に冷房車の導入、そして1989年には全て新性能電車に取って代わられ、他の東急路線同様の近代化が図られていきました。また、池上線は従来は他の路線で使用された中古車両ばかりが使用されていましたが、1993年には池上線用に直接新車を導入する機会もあり、これは池上電気鉄道以来、63年振りの事でもあったとか…。
 現在、お隣の東急電鉄多摩川線と使用車両を共通させており、これらの路線専用の7000系も導入される等、かつての“お下がり”感は無くなってきていています。しかし新性能電車ばかりになったとは言え、中には車体年齢が50年を越える車両、7700系も存在していて、それらと新型の7000系が同時に運用されているというのは、見ていて頼もしくもなってきていしまいます。
 駅施設は相変わらず古いものが多く、木造の旅客上屋や、上屋と一体化した木製ベンチ等が今でも現役で残っていたりします。3両編成と短い列車である為でもありますが、上り線、下り線毎に、ホーム毎に簡素な改札口が設けられた駅も多いです(両ホームの通り抜けは不可)。その中でも戸越銀座駅は2016年12月と、最近リニューアルが完了。「木になるリニューアル」という、敢えて木造駅舎の雰囲気を踏襲したデザインが施されているのは、池上線にも新たな時代が来た事を感じさせてくれそうでした。
 都会の中のローカル線…とも表現される池上線ですが、その近代化、現代化はスローペースではあるものの、徐々に徐々に行われているようでした。今一度、じっくりと乗ってみる価値はありそうです。路線が短く、そして自宅からも近いので、むしろ逆に、こうでもしないと普段乗らない路線でもあると言えるでしょう…。どうぞ池上線の魅力を味わってみて下さいませ。 


 ●日時…2017年2月6日 ●距離…10,9km ●駅数…15駅

 池上線の“さんぽ”は五反田駅から始まります。JR山手線からもそのホームが見えるので分かるかと思いますが、随分と高い場所に設置されています。これは前述のように、五反田駅から更に延伸させる予定があったからですが、今では駅ビルに遮られています。このホームの高さは地上から見るとより顕著で、駅ビルの4階とホームは直結されていますが、実際にはもっと高いように感じます。

    

    

 池上線は日中は6分毎の多頻度運転で、全て普通列車です。車庫が雪が谷大塚駅にある為に、早朝深夜に雪が谷大塚駅発着の区間列車が一部設定されていますが、殆どは終点の蒲田駅まで行く列車です。眼下を走る山手線が11両、埼京線が10両、湘南新宿ラインが15両編成ともなるのに、こちら池上線はオール3両編成とローカル感を醸し出していますが、池上線は、並行して西に1km付近を、同じ東急の目黒線・多摩川線も走っています。こちらも蒲田駅に向かっているので、両線で乗客を振り分けているという考えも出来ましょう。ちなみに両線の一番近い千鳥町駅付近では、約500m程しか離れていません。

    

 五反田駅を出ると、地上2階ぐらいの高さに降りてきて、すぐに大崎広小路駅となります。当初はここが池上線の終点でした。当時はここから五反田駅まで、徒歩で連絡するようにしていたのです。実際、五反田駅までの距離は300m強ぐらいです(東急の路線で、世田谷線を除いて一番駅間の短い所です)。また、大崎駅にも徒歩で行ける距離にあります。

    

 大崎広小路駅を出ると、左右にカーブしながら国道1号線を潜り、リニューアルされた戸越銀座駅に到着します。同駅前には、全長 1,3km にもなる関東有数の商店街、戸越銀座商店街が伸びています。木調の駅舎、駅構内が印象的な駅となっています。尚、池上線は1998年3月からワンマン運転となっており、安全運転確保の為にホーム柵とホームセンサーが当駅も含め、全ての駅に設置されています。

      

 戸越銀座駅までは、商業地の中を走る…という感じだったのが、この先は住宅街の中を走るという感じに変わってきます。次の荏原中延駅とその前後は1989年3月に地下化されました。旧線路敷は公園等に変わっています。そして再度地上へ出て、東急大井町線と乗り換えられる旗の台駅に着きます。この先は住宅街に交じって緑地も増えてきます。

    

 洗足池に着き、ここで色々と“さんぽ”してみましょう。駅前を通る中原街道の向こうには洗足池があって、花見のシーズンには多くの見物客で賑わいますが、線路沿いに少し五反田方面へと戻ってみると、とても小さなガード下を発見出来ます(左上写真参照)。大人は勿論、子供でも屈まないと通れない程で、ここから見上げた池上線列車は迫力満点!…個人的に、隠れた名所ではないかと思っています(笑)。

    

 そのまま次の石川台駅方面に向かってみます。この先は急に切り通し区間となって、以前は両脇の土手に桜の木が植えられていました。故に、こちらも花見シーズンには多くの乗客の目を楽しませていたのですが、今では安全上の観点から殆どが伐採されてしまったようです。この切り通し区間を抜けると石川台駅で、駅の途中から今度は盛土区間となります。この辺りは呑川の河岸段丘の段丘面上にある為に高台となっていて、池上線はそこを貫いているので、周辺を観察してみると、随分とアップダウンの激しい所を通っているなと感じさせられます。

    

 次は、車両基地のある雪が谷大塚駅となります。前述のように、朝夕ラッシュ時や夜間、そして始発や終電時間帯の列車を中心に、当駅発、止まりの列車が設定されていますが、池上線と、お隣の東急多摩川線の車両は共通仕様となっているので、ここで所属している車両は多摩川線も担当している事になります。

    

 この雪が谷検車区を横に見つつ、お隣の御嶽山駅まで“さんぽ”してみましょう。踏切や線路の測道からは、停泊している車両がよく眺められ、バラエティに富んだ現在の池上線の車両群を垣間見る事が出来ます。新型の7000系、車齢50年を越える7700系の他にも、1000系(赤帯が特徴)や1000系1500番台(緑帯が特徴)があり、その中にも以前は東京メトロ日比谷線乗り入れ用で使われていた車両がある等、その興味は尽きません。

    

 そんな車両達を眺めながら歩いていると、すぐに御嶽山駅に到着してしまいました。駅北西側に御嶽神社が鎮座している為にこの駅名となっていますが、この駅の南端直下を東海道新幹線とJR横須賀線・湘南新宿ラインが潜っています。実はここは、JR以外の普通鉄道(鉄道から、モノレール、新交通システムを除いたもの)事業者が新幹線をオーバーパスしている、数少ない例の1つの光景でもあります(右下写真参照)。

    

 この後も短い間隔で駅に停車していき、のどかな住宅地を抜け、路線名の由来にもなっている池上駅へと到着します。言うまでもなく池上本門寺の門前町で、総門は駅から徒歩10分程…。前述のように、当駅から蒲田駅間までが、池上線で最も早く開通した区間になります。

    

 池上駅は立派で、参詣客目的で造られただけに入口も広めにとられていますが、ここでは都内では珍しくなった旅客用構内踏切(東急電鉄では唯一)が存在し、五反田駅方面へのホームへは改札を通った後、この構内踏切を抜けて進まなければ到達出来なくなっています。

    

 風情もありましたが、構内踏切による混雑化(蒲田駅方面の列車が到着すると、その先に位置する構内踏切が塞がれてしまい、その間、五反田駅方面へのホームとの行き来が不可能になってしまいます)や安全の為、今後、駅舎の改良や構内踏切の廃止が決定されてしまいました。昔ながらの池上線の雰囲気を色濃く残す駅でもありましたが、時代の波は着実に様々な場所に及んでいるようです。

    

 池上駅を出ると、蓮沼駅、…そして左にカーブして、右手側から東急多摩川線が寄り添ってくると、両路線揃って終点の蒲田駅へと到着します。多摩川線と同居する頭端式の蒲田駅は、そこに覆い被さる巨大な屋根も相まって、さながらヨーロッパの終着駅のような雰囲気を醸し出しています。両端と中央のホームは降車専用。意外と設備は整っています。多摩川線も、日中は池上線と同じ6分間隔の運転なので、両線併せて、蒲田駅での列車の発着は引っ切りなしに行われているような印象です。

    

 これで池上線の“さんぽ”は終了となります。素朴ではありますが、今回の写真で見ても分かるくらいのバラエティ豊かな車両群と共に、時代の移り変わりを感じられた“さんぽ”になったかもしれません。蒲田駅の改札付近には、2015年2月に引退した7600系の撮影用ボードが展示されていたりと、東急の車両に対する愛情も垣間見れました。

    

 これから徐々に変化が期待される東急池上線ですが、そんな中でも地道に活躍を続け、大事な路線風景は残しつつも、ノスタルジー溢れる、鉄道然とした話題を提供してくれる事でしょう。まだまだ冬真っ只中の『鉄道さんぽ』でしたが、どこか心が温まる1日になりました。

 ☆東京急行電鉄のHP…http://www.tokyu.co.jp/index.html

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HN:
竹内大輔(Pf,Key)
性別:
男性
自己紹介:
1980年1月29日生まれ
の生粋のO型(…が、初対面
ではよくA型と見られる)。
3歳(自分では記憶に無い)
からクラシックピアノを始め、
高校ではジャズに目覚め、大学
ではバンドも経験する。現在の
活動は日本全国から海外に及び、
各地のライブハウスやラウンジ、
レストラン、そしてバー等での
演奏は勿論、各アーティストへの
レコーディングや、作曲・編曲
等にも積極的に取り組んでいる。
日本、世界中を飛び回りたい、
鉄道、旅客機、旅行、写真好き。

12月10日(月)
南青山 ZIMAGINE
Open…19:00~、
1st…19:30〜、
2nd…21:00〜、
Charge…3000円(ドリンク別)
Member…(Pf)竹内大輔、

全曲オリジナル収録の最新作、
4th.CD アルバム『Voyaging』
発売中!(2015.4.15 Release)
●詳しい曲解説はこちらへ!

・トレイラー公開中


★タワーレコードオンラインで
 発売中(ボーナストラック
 “In A Sentimental Mood”収録)
 …こちらへ!

★iTunes にて配信中
(“Casa Familia[Pf Solo]”
 限定配信!)…こちらへ!

★Amazon で発売中…こちらへ!


初カバー・アルバム、3rd.CD
『ReInterpret the passage』
発売中!(2013.4.10 Release)
●詳しい曲解説はこちらへ!

・Music Video“Love Theme
 From Spartacus”公開中!


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全7曲入り、トータル70分強の
意欲作、2nd.CD アルバム
『Fingers Dance』ライブ会場限定
発売中!(2011.7.3 Release)

   Fingers-Dance-jak.jpg



全曲オリジナルの 1st.CD アルバム 『Pictures』発売中!…在庫僅か!
(2008.10.17 Release)

   Pictures-photo

★iTunes にて配信中…こちらへ!

初のカバーアルバム
『Hybrid ROOTS』に
収録されている、TRI4TH
自身によるセルフカバー
“FULL DRIVE”の MV 公開中


TVアニメ『博多豚骨ラーメンズ』
の ED を飾った TRI4TH 楽曲
“DIRTY BULLET”の MV 公開中


TRI4TH、6th CDアルバム
『4th Rebellion』の MV
“Rebellion”公開中


同“Guns of Saxophone”公開中


TRI4TH & カルメラ
スプリット・ミニ・アルバム
『HORNS RIOT』のタイトル曲
MV“HORNS RIOT”公開中


5th CDアルバム
『Defying』の MV
“Green Field”公開中


同“Sand Castle”公開中


ベストアルバム
『MEANING』の PV
“Dance 'em All”公開中


4th CDアルバム
『AWAKENING』の PV
“Bon Voyage”公開中


同 PV“Freeway”公開中


3rd CDアルバム
『Five Color Elements』の PV “Evervbody Knows That”公開中


2nd CDアルバム
『TRI4TH AHEAD』の PV
“TRY AHEAD”公開中


Music Video
“Introduction Pt.3”〜
“The Return Of Nautilus”公開中


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“YOISURA”公開中


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“行きゅんにゃ加那節”公開中


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“豊年節”公開中


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