- 2011/12/18 鉄道さんぽ 12.(JR東日本、吾妻線)
- 2011/10/14 鉄道さんぽ 11.(東京急行電鉄、東横線)
- 2011/08/23 鉄道さんぽ 10.(JR東日本、外房線編)
- 2011/06/29 鉄道さんぽ 9.(箱根登山鉄道、鉄道線編)
- 2011/04/11 鉄道さんぽ 8.(JR九州、筑肥線編)
- 2011/02/26 鉄道さんぽ 7.(野岩鉄道、会津鬼怒川線編)
- 2010/12/30 鉄道さんぽ 6.(東京モノレール羽田線編)
- 2010/10/20 鉄道さんぽ 5.(JR東日本、小海線編)
- 2010/08/17 鉄道さんぽ 4.(江ノ島電鉄編)
- 2010/06/29 鉄道さんぽ 3.(JR東日本、京葉線編)
しかし、渋い要因ではありますが、だからこそ国鉄の風情を未だに強く残した路線でもあり、特に普通列車用の115系という車両では、東京では懐かしくなった湘南色が、ここでは日常的に見られるのです。また、自分はこの路線を乗るのは今回で2度目で、確か高校生の時に乗ったのが最後でした(笑)。つまりは、あれから15年くらいは経ってしまった筈ですが、そろそろ現在の状況を見ておきたくもなりました。更に、マイナーな路線ではあるものの、この路線には日本一の“ある物”が存在し、鉄道ファンの間ではとても有名な存在でもあるのです。そしてそれは将来、無くなってしまうとの一報も伝えられてしまいました。昔のままという状況を見るには正に今がチャンスなのかもしれません。
朝5:00には家を出発し、起点の渋川駅に着いたのは朝7:30…。ここまでの行程も旅みたいな感じがしてしまいますが、吾妻線は、ここが“起点”です。天気も晴れて、絶好の“さんぽ”日和に恵まれたこの日、吾妻線の探索が始まりました♪
●日時…2011年12月11日 ●路線距離…55,6km ●駅数…18駅
吾妻線の起点はJR上越線の渋川駅になりますが、全ての普通電車は高崎駅から直通で運転されていて、特急も前述のように上野駅から直通で吾妻線に入ります。渋川駅構内から北側(東京方面と反対側)を望むと、上越線は複線で右にカーブしていくのに対し、吾妻線は単線で細々と左にカーブしていきますが、これこそ吾妻線の性格を表しているような光景ではありませんか。路線自体は、榛名・浅間山と、草津白根山に挟まれた渓谷にあたる、吾妻川に沿った順路が形成されていますが、基本的に狭い地域を通っているので、カーブや勾配が多くなるのは当然です。普通列車に乗って、1つ1つ、丹念に止まっていく感じが、この路線には似合うような気がしてしまいます。
その中でも、渋川駅から1つ目の金島駅までは、割りと直線部が多い区間でもあるでしょう。ここまではまだ渓谷幅も広いので、カーブにする必要が無かったのでしょうが、上り勾配は確実に存在しており、これからの路線展開が期待される?瞬間でもあります(笑)。そんな金島駅の先を見ると、急に近代的な高架橋が望めますが、これが上越新幹線の高架橋でもあります。ここまで、吾妻線の普通電車ですと、高崎駅から約30分という感じでしょうが、対する新幹線は、高崎駅からここまで、5,6分くらいで着いてしまう距離でしょうか。流石新幹線…と思わざるを得ない光景ではありますが…(笑)。
金島駅を出ると、いよいよ吾妻川に沿って走っていくようになる為、カーブも多く、スピードも落ちてきます。1度、その川は渡るので、車窓の左手には吾妻川は、そして右手には折り重なる山々が楽しめる区間になっています。桜で有名な小野上駅を過ぎ、地域名も、渋川市から吾妻郡に入ってくると、その吾妻郡の中心となる中之条駅に到着します。名湯、四万温泉、沢渡温泉への玄関口ともなっていて、特急も全列車が停車します。この駅では早速降りてみますが、1番線には干し柿が吊るされ(左下写真参照…夏には風鈴が吊るされ、それぞれの季節の風物詩ともなっているようです)ていたのが面白いところでした。
この日は日曜日だったので、車内は行楽客で結構賑やかでしたが、駅前はそれは静かなものでした。まだ朝8:00過ぎという時間だったので当然とも言えますが、ここから1駅、2駅程先に、歩いてみましょう。イメージ的には、吾妻川に沿った行程…かと思われたのですが、この辺りでは吾妻川は蛇行しているようで、少し線路とは離れて流れているようです。その代わりと言っては何ですが、国道がほぼずっと並行しているので、道に迷う事は無さそうでした。右上写真では川を渡っていますが、これは吾妻川ではなく、その支流の四万川を渡っているところです。
暫くすると、群馬原町駅です。擦れ違いの出来ない、1面1線の駅ですが、特急も殆どが停車する、なかなか上級クラス?の駅です。…と言うのも、付近に大きな病院があったり、郊外型の大型スーパー等が存在したりと、この辺りが少し開けている土地のせいか、開発が盛んになっているのが大きな理由でしょう。駅前も整備され、少し近代的な雰囲気もあるような駅でした。
そんな吾妻線を走る特急は“草津”号と言って、185系(右下写真参照)という、こちらも国鉄時代に造られた車両が使われています。107系(右上写真参照)は、JRに成り立ての頃に造られた車両ですが、115系の方が頻繁に吾妻線には投入されているので、やはり吾妻線の全体的なイメージは、国鉄の車両で成り立っている感じでしょうか。そろそろ、関東のJR路線では貴重な存在となってきてると思うのです…。
群馬田原町駅を過ぎ、線路はいよいよ山間へと突入してきます。先程の国道も、吾妻川も線路に近付いてきて、渓谷が狭くなってきたのだと思わせます。ただ、それは一先ずこの先の郷原駅(残念ながら、“ごうばら”と読みます…笑)まで続くのみで、その後若干開けるのですが、取りあえずはその先の区間の予兆とも言える区間と言えましょうか…。吾妻線は、渋川駅から基本的には北西を目指しながら進路を取るのですが、この区間だけは南西に進路を向けるという、やはり川の流れには逆らえない路線敷設背景…というのを思わせてくれますね…(笑)。
写真左上の車両は、昨年から走り始めたイベント列車で、“リゾートやまどり”号です(やまどりは、群馬県の県鳥でもあります)。後で説明しますが、沿線に観光地を幾つも抱えている為、こうした臨時列車が多数設定されているのも、吾妻線の特徴と言えそうです。また、何だかんだで上越線を経由して、高崎駅や、その先の上野駅とも繋がっているので、直通列車が多く設定出来るのも強みですね。これは現在に関わらず、昔から取られてきた措置でもありました。さて、郷原駅からは電車に乗りましょう。既にここまで、中之条駅から約7kmの行程でもあったのですから…。
矢倉駅、岩島駅と停車していきます。そして岩倉駅を出て1分程すると、車窓左手に真新しい高架橋が分かれていくのが見えてくるのですが、これはこの先の区間が、今後建設される八ツ場ダムの底に沈んでしまう為の、線路付け替え用の路盤で、正に工事中という状態でもあります。付け替え区間は長く、それは約10km先の長野原草津口駅にまで及んでいます。間には1駅、川原湯温泉駅が存在していますが、そこも何年後にはダムの底となってしまいます。この辺りでは山肌も迫ってきて、断続的に吾妻川の渓谷美が続く、見事な区間でもあるのですが、ダム完成時にはトンネルで抜けてしまうようなルートを通るそうで、こうした車窓も楽しめなくなってしまうようです。ここは是非、川原湯温泉駅で降りてみて、付近を探索してみる事にしましょう。
川原湯温泉駅を降りてみると、その素朴な駅前の雰囲気を打ち砕くが如く、背後に巨大な建造物が目に入ります。ダム完成時の、ダムを渡る橋の橋脚にでもなるのかもしれませんが、周りの山を眺めてみると、山肌に新しい道路の建設も進んでおり、あの辺りまでダムの湖面が来るのかと思い、本当にここは湖の底になってしまうのだなと、一種の虚無感さえ覚えてしまいました。まだ信じられるような状況ではありませんが(実際、ダム建設の反対は本当に多かっと聞いています)、竣工は2015年を目指しており、その日は確実に近付いて来ています。
ダムが完成すると、この歴史ある川原湯温泉街自体も、殆どが水没してしまう事になります。また、前述の吾妻渓谷も、半分はダム中に呑まれてしまう事になり、景色は間違い無く一変する事でしょう…。交通事情だけで見るならば、この辺りは連続降雨量が多くなると、道も通行止めになったりしてしまうので、トンネルや橋脚の整備で便利になるのかもしれませんが、その分、失われるものも多くなる…という感じでしょうか。とにかく、この駅から吾妻渓谷の方を歩いてみる事にしました。
方向的には、川原湯温泉駅から、先程の岩島駅に少し戻るようなルートを辿ります。駅を出てすぐにその渓谷の風景は始まり、吾妻線、国道145号線、吾妻川が正に山肌に吸い込まれるような形で一緒になり、その区間を抜けていく感じです。道路にしろ線路にしろ、よくこんな所に道や線路を通したなという感じですが、本当にその通りで、崖のすぐ下には吾妻川が迫っているのです。川の音もよく聞こえ、確かな存在感でその景色を作り出してくれています。
そして、川原湯温泉駅から2km程の時点で、先述した“日本一”の物が存在します。駅から歩くと、約25分~30分の道のりでしょうか。車通りは結構あるものの、人が通る事は少ないようで、それは歩道があるのに、落ち葉が溜まりに溜まっている状態のままである事からも、何となく想像は出来るというものでした。
これです!…樽沢トンネルと言って、日本一“短い”鉄道トンネルなのです。長さは7,2mですから、1両が20mのJRの鉄道車両、1両分にも満たない長さです。右上写真でその実情はよく分かりますが、敢えてトンネルにするまでも無いのではないかと、誰もが思うのではないでしょうか…。
実際、この程度の岩場ですと、通常は切り崩してしまう事が多いのですが、強固な岩肌だった為に、切り崩すより、トンネルにする方が安価だった…という理由や、吾妻渓谷の景観を損なわない為…という理由等、様々な諸説が残されています。電車に乗ってこの区間を通ると、本当にあっという間で、今トンネルを潜ったかな?…程度にしか思わないのですが、トンネルを外から見ると、なかなか不思議な光景である事に気付かされます。ここは水没は免れるものの、前述のように吾妻線のルートが切り替わるので、それ以降、ここに列車が通る事は無くなります。つまりは用途廃止…という事ですが、残存させるのかどうかも微妙なところです…。現代で、このようなトンネルを建設するという事はまず無いと思うので、その意味では貴重な建設物ですよね。今の内に見る事をお勧めしたい場所でした!
さて、川原湯温泉駅に戻り、電車で先に進みましょう。ここから長野原草津口駅まで上り勾配が続きますが、ダム完成時の地形を想像するに、湖の底から、湖面に徐々に上がってくるようなルートだと言える事が出来そうです。それは車窓からも容易に想像でき、周囲の風景とは明らかに不釣り合いな、近代的で高い橋脚が、その存在を強く誇示しているように思わせます。やがてその勾配も上り切ったところで、車窓左手から再度、真新しい高架橋が近付いてきて、長野原草津口駅と到着します。先程の高架橋は、対岸の山肌から直線で抜けてきているので、ダム完成時には、湖を横切るような景色となるのでしょうか。やはりまだ想像は出来ませんが…。
長野原草津口…と、駅名に“口”が付いているだけあって、この駅は駅前に何かがあるわけではなく、草津温泉の玄関口の駅である事を表しています。以前はもう少し駅前にも色々あったのですが、ダム建設決定のお陰で、殆どの移転が決定しており、今では駅だけがポツンとあるだけの状態が、より鮮明に浮き出てきた印象を受けます。
この駅は、今までは階段で駅舎の2階に上がった筈でしたが、その跨線橋は最近になって廃止され、地平のまま(その代わり1番線は行き止まり式になり、下り線に合流出来ない構造になりました)、この駅の先にあるバス・ターミナルまで行く感じになります。電車に合わせてバスは設定されており、有名な草津温泉までは、ここから25分くらいです。
…ところで、吾妻線はそもそも、この先にある六合村の、群馬鉄山の鉄鉱石の輸送の為に開通(1945年の事です)したという背景があります。そして、この長野原草津口駅(当時は長野原駅)から、群馬鉄山のある太子(おおし)駅まで、日本鋼管社の専用線が敷設されていたのですが、これの路線跡が、長野原草津口駅を出てすぐに渡る鉄橋から未だに確認出来るのが面白いところです(右下写真参照)。今では勿論、鉄鉱石輸送は行っていないですが、当時の様子が偲ばれる、貴重な風景かもしれませんね。
さて、ここからは1971年に開業された区間で、起伏は相変わらず激しいので、トンネルが多くなったり、並行する道路の上を橋脚で通過したりするようになります。ここから列車本数は更に少なくなり、普通列車に限っては、3,4時間ぐらい、電車が来ない時間帯がある程です。途中、羽根尾という駅があり、この駅には側線もあるのですが、ここから先は終点まで、線路が完全に1本線のみになるので、観光駅でもある万座・鹿沢口駅まで行った特急列車の折り返し調整で、この羽根尾駅まで戻ってきて待機するといった措置がよく行われています(列車によっては長野原草津口駅まで回送で戻る時もあります)。
そして、嬬恋村の玄関口ともなる、万座・鹿沢口駅に到着します。少し開けた土地のようで、商業の中心となる三原地区の市街を見下ろしての到着となります。ここは万座温泉、鹿沢温泉、浅間高原の起点ともなる駅で、特に浅間高原や、いつしか演奏で出向いた北軽井沢〔北軽井沢のホテルで演奏〕へは、意外にも10kmぐらいの距離で着いてしまう駅でもあるのです。ホームは1面1線でシンプルな構造の駅ですが、特急“草津”号の堂々たる終着駅でもあります。上野駅からの所要時間は、ここまで特急で約2時間40分という道のりになります。
そんな185系“草津”号ですが、昨年、「特急“草津”号50周年感謝キャンペーン」を迎え、1編成だけ湘南色に塗り直されました(左上写真参照)。往年の80系を思わせる…事になっているらしいですが、個人的にはどうも違和感が漂っているように(特に正面部)見えてしまいますね(笑)。昨今は、旧国鉄塗装が流行ってはいますが、実際にこの185系が湘南色で活躍した経歴はなく、ちょっと無理がある設定のようにも思えました。
…さて、吾妻線の終点は万座・鹿沢口駅ではありません。実はあともう1駅だけ先があって、そこからは普通列車のみの運転となるのですが、本数も極端に少なくなり、それは1日に5往復のみという状況です。利用者が少ないので仕方無いのですが、ここまで来ると、その本来の終点駅である大前駅の存在が不思議に感じてしまう程です。その“非日常”を求めて、訪れる人も多いのか、この日は10数人のお客さんが大前駅までの列車に乗っていました。勿論、大前駅降りるのではなく、殆どが折り返して戻ってくる乗客です。
万座・鹿沢口駅~大前駅間は景色も一変し、浅間山が作り出した溶岩断崖が、車窓からもよく確認出来るようになります。見所ある車窓なのに、列車が1日5本では、なかなか気軽に…とはいかないのが難しいところでしょうか。今回、自分はその約3kmの区間を、大前駅から歩いてもみましたが、基本的に国道と並行していて、列車が頻繁に通る区間だったら、間違い無く鉄道撮影地に選ばれている場所だろうな…とも思ったりしたものでした。
大前駅は勿論、1度目に吾妻線に乗りに来た時も訪れた場所でしたが、その時の乗客は自分だけだったような気がします。以前と比べると、鉄道旅行そのものの認知度が上がった為かもしれませんが、特に大きく雰囲気は変わっていなく、訪れる価値はやっぱりありましたね。この場所だけ国道からやや離れた位置(間に川が挟まれます)にあるのも良いのかもしれません。今回、自分は復路を徒歩で移動したので、折り返しの電車を見送っての状況となりましたが、それはそれは静かな時間でした。
…さて、以上で吾妻線の“さんぽ”は終了です。帰りは、先程紹介した“リゾートやまどり”号で高崎駅まで向かう事にしましょう。この列車は、今年登場した新しいイベント列車で、土休日を中心に、高崎駅~万座・鹿沢口駅間を快速で、登場した夏当初は、新宿駅~長野原草津口駅までの直通特急としても運行されました。
車内は右上写真を見ても分かるように、豪華の一言に尽きますが、今回は“快速”として運転されているので、普通乗車券の他に、指定席券510円だけ払うと乗れてしまうのが嬉しいところです。今野時期はオフ・シーズンでもあるので混んでいなく、1・2列掛けという、本来ならばグリーン車として設定されるような大き目な座席を、空いている車両で思う存分に寛げました。振り返れば、この日は合計約17km強は歩いてしまったようで、身体的にも疲労のピークが達している筈です。このくらいの贅沢は許されても良いでしょう(笑)。
しかし、今まで辿ってきたルートを、復路として走っていく列車だけに、景色をもっと楽しみたいところではあったのですが、その疲労は想像を超えるもので、全区間で爆睡を果たしてしまいました(笑)。特徴的な車両だけに、色々な部分を見て回りたかったのですが、これは仕方無いですね…。折りしも、この次の日の筋肉痛は半端無いものが襲ってきてしまいました…。
さて、今後の吾妻線の展望はどうなるのでしょう。前述したダム建設関連では、線路の付け替えが行われるというので廃線は免れたわけですが、乗客は減ってきており、来年3月のダイヤ改正では、また上下1本ずつの特急が廃止されます(徐々に減ってきているのです)。そんな中、復路時に乗った“リゾートやまどり”号の設定など、明るい話題もあり、ローカル線ながら、ここ5年の動向は見逃せない状況であるという事も、改めて分かりました。観光輸送の裏には、確かな地元住民の足ともなっているわけで、そこのバランスの在り方を考えさせられた路線とも言えそうでした。とにかく、一乗客に出来る事は、乗ってみる事…なのですね。
☆JR東日本高崎支社のHP…http://jres.jp/
渋谷駅と横浜駅を結んでいるという性格上、沿線は昔から発展している所なので、その変化も飽和になりそうな印象はあるのですが、2000年に、田園調布駅~武蔵小杉駅間(現在は日吉駅まで)で目黒線の並走区間が開通したり、2004年には横浜駅以遠に、横浜高速鉄道のみなとみらい21線(通称、みなとみらい線)と直通運転をし、元町・中華街駅まで事実上の延伸をさせる等、まだまだ変化の兆しは衰える事を知りません。
更に今後の2012年度の話題として、渋谷駅を介して東京メトロ副都心線との相互直通運転が挙げられます。これが実現すると、現在副都心線に乗り入れている東武東上線、西武池袋線の列車が、東横線を介して横浜駅、元町・中華街駅まで乗り入れる事になっており、東急側としても新宿三丁目駅や池袋駅まで1本で結ばれる事になります。こうなると、JRの湘南新宿ラインと似たようなルートを辿る事にもなり、現在でもその2路線は競合関係にあるものの、更にその争いは熾烈なものになる事でしょう。
また、最近挙がってきた話題として、日吉駅から新横浜駅を経由し、相模鉄道の西谷駅までを結ぶ新路線の計画も具体化してきました。これはそもそも、相模鉄道の西谷駅付近から、東海道貨物線を経由して、湘南新宿ラインと結び、相模鉄道沿線から東京方面へ直通運転をさせる計画があるのですが、その新路線から東横線までのルート(どちらかと言うと、目黒線に直通運転させる予定だそうです)も新たに作るというものであります。これは2019年ぐらいを目途に建設されるという事なので、まだまだ先の話しなのですが、既存の路線を生かしたルート選定の発展は、留まる事を知りません。
…という事で、今後も発展が見込めそうな東急東横線…。今一度、その路線の“今”を、確かめてみたいと思います!…何気に今日10月14日は、鉄道の日でもありましたね。
●日時…2011年10月11日 ●路線距離…24,2km ●駅数…21駅
東横線と言えば、まず渋谷駅ですが、ここも2012年度の副都心線との直通運転開始と共に全てが地下化されてしまうので、現在の姿が見られるのも、あと1年と少し…という事になるのは確実です。副都心線側の渋谷駅は、当たり前ですが既に完成をしていて〔竹内大輔の写真日記(~2009)、地下鉄副都心線開業、その後(地下鉄編)参照〕、後は東横線の線路と繋がるのを待つだけとなっています。ちなみに、この地下の渋谷駅は、途中改札無しに、東急田園縁都市線・東京メトロ半蔵門線の渋谷駅ホームと繋がっており、こちらの管轄が東急になっている事から、副都心線の渋谷駅…となっていますが、駅管轄は東急のものとなっています(駅構内の表示方法が、既に東急仕様のものになっている事からも分かります)。
現在は渋谷駅を出ると、渋谷川を見下ろしつつ、そのまま高架でJR山手線を越え、すぐさま地平レベルになって、カーブを繰り返しつつ代官山駅に到着しますが、副都心線の渋谷駅からのルートとしては、この代官山駅の手前までは地下化される事になっています。当然、現在の代官山駅付近は工事の真っ最中という感じで、あと1年半程で風景は大きく変わりそうですね。
代官山駅の中目黒駅側はトンネル区間になっており、その先で東京メトロ日比谷線と合流し、そのまま中目黒駅となります。この先、日比谷線の車両が菊名駅まで乗り入れていますが、その数は日中は1時間に2本程度と、意外にも少なくなっています。ここでは日比谷線の車両の他、北千住駅以北からやってきた東武伊勢崎線の車両も見る事が出来ますが、その車両は東横線には乗り入れてきません。
さて、中目黒駅を過ぎるとすぐに上り坂に突入し、祐天寺駅を過ぎると、暫くは直線区間が続きます。ここは特急に乗っていると、結構なスピードを出してくれる区間でもあり、なかなか心地良い時間です(笑)。途中、学芸大学駅、都立大学駅と、大学の文字が入った駅名が2駅続きますが、どちらの大学も移転してしまい、現在は付属高校が残るだけとなっています。
そして、東横線の中枢を担う駅の1つである自由が丘駅に到着します。ホームは2面4線で、特急や急行列車では、菊名駅と共に、必ずと言って良いほど普通列車との接続をとる事が出来ます。また、大井町線との接続駅でもあり、常に駅周辺も賑やかです。
さて、この賑やかな駅を過ぎると一変、目黒線との合流をし、閑静な住宅街が広がる田園調布駅に到着します。現在は地下駅となって新しくなっていますが、地上駅時代の駅舎も復元されていて、現駅舎のすぐ脇に残されているのが、この土地柄とでも言いましょうか。この田園調布が開発されたのも、現在の東急の前身とされる会社によるものなので、正に鉄道と街との共存が図られた場所だと言っても良いのかもしれません。
この先、日吉駅まで目黒線と並走しますが、元々この区間は、目黒駅と蒲田駅を結ぶ、目蒲線という路線と、田園調布駅の1駅先の多摩川園駅(現多摩川駅)まで並走していた区間を分け、目黒駅~日吉駅間を目黒線、多摩川駅~蒲田駅を多摩川線として誕生した区間でもあります…。目黒線は、目黒駅側では東京メトロ南北線、都営三田線と直通運転をしていて重要な通勤路線へと生まれ変わり、そして前述したように、今度は相模鉄道と直通運転させる予定があるというのですから、かなりの発展を遂げている路線とも言えるでしょう。目蒲線時代は、4両編成の電車がのんびりと走っているだけでしたが、現在は6両編成で急行運転も行っており、相模鉄道との直通運転開始後(新横浜駅を通るのが、個人的に熱いです…笑)は、8両編成化も行われるらしいです。まだまだ今後の発展にも注目ですね。
…という事で、ここから日吉駅までは、色々な車両の共演が見られます…。ざっと車両の種類を上げると、東横線の車両で5050系、9000系、日比谷線乗り入れ用の1000系、その日比谷線から乗り入れてくる、東京メトロの車両の03系、みなとみらい線からやってくるのがY500系。そして目黒線を走っているのが、東急車両で5080系、3000系、東京メトロ南北線の車両で9000系、その先を走っている埼玉高速鉄道の車両で2000系、都営三田線の車両で6300系…。よく分からなくなってきましたが(笑)、とにかく計10種類の車両が現在では走っています…。これが、副都心線との直通運転開始後には更に増えるわけですから、もう何線なのか分からない状態になってしまうかもしれませんね(笑)。鉄道好き側には楽しいですが、一般的に見ると、何とも複雑な区間に映りそうな気がします…。
基本的に、東横線が外側、目黒線が内側…という状態が続きますが、武蔵小杉駅~元住吉駅間だけは用地の関係で難しかったようで、東横線が高架の上、目黒線が下…という区間も存在しています(左上写真参照)。また、この時の高架下の目黒線の路線ですが、元住吉駅に併設している車庫への出入庫のルートとしても使われています(これは、高架化前の東横線の本線でもありました)。
そんな元住吉駅は、この先の日吉駅まで目黒線が乗り入れる事に伴い、日吉駅での優等列車の待避が出来なくなったので、この元住吉駅で、優等列車の通過待ちが出来るような構造(東横線のみ)で造られています(右上写真参照)。この駅は高架駅ですが、改札口はホームより更に高い場所にあり、外へはそこから一気に地上まで降りていくというのが特徴的だと思います。
さて、長らく続いた目黒線との並走区間も、ここ日吉駅で終わりを告げます。日吉駅の先で、その目黒線の折り返し線路が設けられていますが、恐らくこの先が、相模鉄道との直通路線用のルートとなるのでしょう。まだ工事は始まっていませんが、いずれこの風景も変わっていくのだと思います。
この次の駅の綱島駅までは2,2kmあり、東横線で一番駅間が長い区間でもあります。しかも殆どが直線に等しい区間で高架なので、東横線の最高速度である110km/時を出す列車もしばしばです。綱島駅は特急は通過する駅ですが、急行は停まるので、駅も副都心線直通用に、ホームが8両→10両用に延伸させる工事が始まっています。これは、特急・急行停車駅のどの駅でも始められている工程でもあります。
そして菊名駅に到着します。日比谷線からの直通列車はここで折り返し、JR横浜線との乗り換え駅でもあるので、結構人の出入りは多い所でもあります。この駅より先は、横浜市北部の住宅街を縫うようにして走るので、カーブが連続する区間にもなります。
特急・急行は、菊名駅を出ると横浜駅となりますが、途中には4つほど駅があります。東横線に特急が走っていなかった時代(2001年まで)、最も速い列車は急行列車だったのですが、この4つも駅を通過するというのが、当時は貴重な区間でもありました。…と言うのは、当時の急行列車はどんどん停車駅が増えてきて、目蒲線が目黒線と分かれて多摩川線となった時には、その分岐駅である多摩川駅が急行停車駅とされてから、通過する駅より、停車する駅の方が多い状態になってしまっていて、この菊名駅~横浜駅以外の区間では、2駅以上、駅を通過する事も無かった事から、利用者からクレームも殺到していたのです(ほぼ1駅毎に停車するので、各駅停車を文字って、“隔駅停車”と比喩されたものです…笑)。そんな中での貴重な?4駅通過の区間だったのですが、カーブが多いのでスピードが思うように出せず、結果的に速達的なイメージを持てなかったのが急行列車でもあったのでした。現在は、湘南新宿ラインが開通して危機感を感じたのか、特急という新たな種別の列車が出来ましたが、副都心線直通後にはどう変化していくのか…、楽しみでもありますね。
カーブが続き、東白楽駅の先で地下に潜ります。みなとみらい線乗り入れで、横浜駅周辺も地下化された為で、このまま元町・中華街駅まで、地上に出る事はありません。そして地下化された反町駅を過ぎ、1面2線の横浜駅に到着です。一応、東横線としては終点ですが、構造的にも中間駅のような存在で、列車も殆どがそのまま、みなとみらい線へと直通していきます。東横線から来た列車を見てみると、7割方のお客さんは降りてしまう感じなのですが(笑)、地上時代(みなとみらい線への直通前)は桜木町駅まで通じていたのが、何だか懐かしいですね…。
…こうして、東横線の“さんぽ”は終了しました…。そもそも1駅1駅の駅間が短いので、中には2駅ぐらい歩けてしまう所もありましたが、改めて、非常に変化の富んだ路線だなと思いましたし、また今後にも大きな変化が控えている所が。頼もしくて仕方無い路線でもあるとも思いました(笑)。どうりで、特急や急行に乗っていると、どこからどこまで行っても混んでいるわけです(笑)。副都心線乗り入れ後の、例えば今から約2年後の風景では、今回とはまた違った魅力を展開されてくれるのでしょうね。渋谷駅が地下化されると、現在の東横線の渋谷駅の用地を生かして、湘南新宿ライン・埼京線の渋谷駅がその位置に移設されてくるという話しも出てきているようですし、この競合路線との展開も目が離せません。まだまだ目が離せない、東京の代表路線!…という感じでした。
☆東京急行電鉄のHP…http://www.tokyu.co.jp/
今回取り上げた理由として、やはり夏らしい路線…というのもあるのですが、この路線を含む房総各線(外房線、内房線、総武本線、成田線、東金線等)で、昔から活躍している113系という車両が今月で引退をするという事で、それを見に行かねばいけないという思いに駆られたという部分もあります(笑)。自分が小さい頃は、それこそ房総各線の普通列車は殆どが113系で運転されていたものですが(かつての国鉄の、代表的な近郊型車両の形式でした)、それが全て無くなる…というのは、やはり時代の流れなのだと思わざるを得ません。それまで東京では、JR東海道本線やJR横須賀線等で数多く見られた形式で、これらの路線では既に全車が引退しており、最後の砦が房総各線だったのですが…、ついにこの時が来たか…という感じです。
この引退により、JR東日本管内の113系は全てが引退する事になり、残りはJR西日本やJR四国に目を向けなければならなくなりますが、特に房総各線の113系は、青色とクリーム色の、いわゆる“スカ色(しょく)”と親しまれていた(横須賀線色…という事です…)塗装の車両で、中央本線に残る115系という車両を残しては(塗り分けが若干異なりますが)最後の車両ともなるのです。
…ところで、この車両は現在どれだけ残っていて、どのような運用をされているのでしょう。正に今が流動的な時期でもあるので予想は難しかったのですが、何と残り1本しかない事が判明してしまいました。4両編成の2本を繋げて8両編成で終日走っていて、基本的には房総各線のどの路線にも運用される可能性があるとの事です。…となると、今回外房線に乗ったところで、他の路線に運用されていたら巡り合えない事態になってしまうわけですが…今を逃すともう出くわせません…。今回、夏をイメージした“鉄道さんぽ”のなのに、雨という天気でも実行したのですが、こういった背景があったからに他ならなかったのです。
●日時…2011年8月22日 ●路線距離…93,3km ●駅数…27
…朝、外房線の千葉駅に着いたのは7:30頃でした。結構な早起きをさせられましたが(笑)、目的の列車がどの路線にいるか分からないので、早めに動くに越した事は無いという判断です。既に天気は雨で気が滅入りましたが、早速始める事にしましょう。
とりあえず最初に乗る車両を確認すると、113系…ではなく、これぞ113系を追いやったと言っても過言ではない車両、209系(右上写真参照)が鎮座していました。お気付きの方もいるかもしれませんが、元々はJR京浜東北線で走っていた車両です。長距離用にトイレを設けたり、先頭車をセミクロス・シートに改造したり、ラインカラーを変更したりと、一応は随所に変化は見られますが、雰囲気は以前のままです。それにしても、113系に比べて旅情感が感じられられなくなったのは否めなく、例えばこの車両で終点の安房鴨川駅まで乗ると、軽く2時間以上は掛かってしまうのですが、通勤型車両に揺られ続けるのは辛そうです…。ラッシュ時には重宝しているのでしょうが、何だか面白くない話しですよね。
…と、千葉駅の片隅にあった駅弁屋には、その名も“ありがとう113系記念弁当”というものが売られていました。朝10:00から発売開始で、無くなり次第その日は終了…というものだったので今回は食べられませんでしたが、113系に対する皆の興味の高さを感じさせられる状況なのかもしれません。さて、本物の113系はいないようなので、とりあえずは外房線の旅を続けるとしましょう。
千葉駅から2つ目の蘇我駅までは、内房線も同じ区間を走りますが、登録的には外房線の区間でもあります。しかし、内房線からの列車は、京葉線方面を除く全ての列車が千葉駅まで達するので、一般的にはどちらの路線でも構わないでしょうね…。そんな蘇我駅は、東京駅からの京葉線が合流し、そして内房線が分かれていくジャンクション駅でもあります。
外房線を走る特急“わかしお”号は、東京駅を出発し、殆どが京葉線経由でここまで来て、そして外房線へと入っていきます(また、内房線に入る“さざなみ”号という特急列車も設定されています)。運が良い?と、左上写真のように、千葉駅からの列車と同時並走が見られるかもしれません。それにしても、京葉線の車両は殆どが233系に変わってしまい、約1年前に“さんぽ”をした時〔鉄道さんぽ 3.(JR東日本、京葉線編) 参照〕と車両の様子が大分変ってしまいました。あんなにバリエーションのあった車両陣はどこへやら…という感じです。こちらにも既に時代の波は訪れているようですね。
内房線を右に見て分かれ、外房線は南東の方角に、房総半島を横切る感じで抜けていきます。それ故に房総台地を通るので、蘇我駅から1つ目の鎌取駅付近で既に、アップダウンの多い区間を通っていくという感じになります。それでも付近は宅地が進み、ここから誉田駅、土気駅と、土地的には山間の駅が続くのですが、全て快速列車は停車し(一部は特急列車も停車)、乗降客数は予想以上に多い地域でもあります。
そんな山間の区間が一段落すると、東金線との接続駅、大網駅に到着します。ここで特筆すべきは、東金線の線路が分かれてから、ホームに到着するという事です。それぞれの路線でホームの雰囲気には差があり、通路で結ばれているものの、なかなか特徴的な形をとっている駅とも言えるでしょう。蘇我駅からここまでの区間は、東金線への列車を含めて、日中の普通列車は1時間に4本の運転となっているのですが、東金線への列車が分かれるので、この先は日中は1時間に3本運転となります。
それ以外として、特急列車は概ね1時間に1本という感じで、朝夕にはこれに、横須賀・総武快速線からのE217系(右上写真参照)も顔を出してきます。外房線の列車の両数は、4両編成から10両編成が一般的なのですが、こちらの快速は15両編成で走っている事も多く、列車によっての両数の差は大したものです(笑)。
そして最近、日中にJR京葉線からの直通列車が設定されるようになりました。これは、京葉線内は快速、外房線内は普通として走るもので、ラインカラーが明らかに違うので、一目で分かる列車となっていますが(右下写真参照)、逆を言えば、外房線のみを走る列車が減ったとも言えそうです。外房線への直通車両は、もう223系に統一されたような感じがありますが、確かに最新型だけあって都会的なデザインですし、路線のイメージアップに繋がりそうです。
大網駅を出ると、今度は平坦な路線となり、列車は快適にスピードを上げ、小さな駅を2つ過ぎると、高架の茂原駅に着きます。沿線の宅地化はこの辺りまでで、東京への通勤圏内も、この2つ先の上総一ノ宮駅くらいまででしょうか。例の京葉線直通列車も、東京駅から上総一ノ宮駅まで1本で行けるような設定になっているので、この辺りが乗客の流れの1つの境界線だと見ても良そうな気がします。
確かに、上総一ノ宮駅自体は大きくなく、周りに大きな市街地もなさそうな感じですが、直通列車は昔から多かったので、運行上の境界線ともとれるかもしれませんね。ちなみに運転本数ですが、茂原駅~上総一ノ宮駅間は日中1時間に2本になり、上総一ノ宮駅より先は、ついに1時間に1本程度の運転となってしまいます(特急は除きます)。
この駅より先は、路線も単線区間となり、いよいよローカル色が濃くなってきます。房総半島らしい雰囲気が漂ってくるのも、この駅からと言って良いかもしれません。…とは言え、やってくる列車というと209系ばかり…。この時点で、113系のこの日の運用が成田線に入っている事が分かってしまい、113系への諦めが出てくるのですが、ここまで来たらまずは外房線を終点まで乗り通すしかないでしょう…。折りしも上総一ノ宮駅は、外房線の中間地点付近に存在する駅でした。
ここからは単線区間になる…と言いましたが、まだ各所で複線区間になる所もあり、運転本数は少ないものの、途中で特急列車の通過待ちを行う普通列車も見られます。この辺りですと車内の乗客はチラホラ…という感じで、夏休みの時期にしては寂しい感じではありますが、この日の天気を考えると仕方ないのかもしれません。つまりはそろそろ海も近付いてくる頃なのですが、外房線は暫くは海とは1kmぐらいの距離をとって走るので、車窓から海を確認するのは結構困難だったりします。
いすみ鉄道に乗り換えられる大原駅を過ぎて、少し浪花という駅で降りてみましょう。この時には雨も止んでおり、たまには“さんぽ”しないとバチが当たりそうです…(笑)。浪花駅は普通列車しか止まらない無人駅ですが、Suica 対応の駅でもあります(外房線の駅は、全てが Suica 対応です)。雰囲気は、もう紛れも無く房総のローカル駅…といった感じで、今でこそ近代的になってしまった駅も多いですが、昔はこんな駅ばかりだったように自分は記憶しています。その意味では、Suica 意外、当時のままを留めている駅とも言えるでしょう。周囲の風景も喉かなもので、セミの鳴き声が凄まじい地域でもありました。夏真っ盛り…というよりは、残暑を感じた光景でもありました。
また浪花駅に戻り、一路南へと進みます。海水浴で有名な御宿駅を過ぎ、列車は勝浦駅に到着しました。1日1往復ですが、この駅まで京葉線の直通列車は設定されており、東京駅までの所要時間も2時間10分くらい(しかし、上総一ノ宮駅で20分くらい停車し、この駅で1つ前の列車に乗った方が早く着きます)なので、勝浦も意外に便利な場所なのかもしれませんね(ちなみに、都心から普通列車で約2時間の距離と言うと、群馬県の前橋辺りになります)。
乗った列車はこの勝浦駅止まりで、すぐさま終点の安房鴨川駅行きの普通列車に接続していたのですが、これが特急列車を使った普通列車でもありました。この先の区間はトンネルやカーブ続きで、特急列車もスピードをあまり出せず、駅を通過するとしても2,3駅の差だけなので、特急列車の一部は、勝浦駅~安房鴨川駅間を“普通列車”として走るものが存在しているのです。利用者からするとお得で、鉄道会社的にも、特急と普通列車をどちらも走らせるのは輸送過剰…という思いがあるのかもしれません。ここからは海も本当に近くなりますが、トンネルも多くなるので、やはりチラチラと望めるだけではあります。
安房小湊駅や、安房天津駅と、“安房”の付く駅が多いですが、そんな外房線の終点も例に漏れずに安房鴨川駅となります。線路は終わらず、この先は内房線になり、要は房総半島をぐるっと1周するような路線形態になっているという事です(ただし、列車は全て安房鴨川駅で分離されています)。この安房鴨川駅、外房線の内房線の終点駅といういには規模が小さいですが、鴨川シーワルドや仁右衛門島、そしてビーチ等、観光要素となるものは沢山あり、その拠点駅としての役割も強いように思います。自分も路線バスを使い(反則?…笑)、外房線と海が同時に望めるという数少ないポイントまで行ってきました。今回は天候が良くなかったので、“さんぽ”的には控え目になりましたが、何とか終点まで辿り着けて、そして海との撮影ポイントは押さえて、夏らしい雰囲気を保てたので良かったと思います。逆戻りは特急を使って、豪華に帰ってしまいましょうか(笑)。
…と、ここで少々腑に落ちなかった気持ちがあったのですが、そうでした…、まだ113系に出会えていないではありませんか…。外房線的には終了ですが、こちらの目的が果たせれていません。まだ14:30という時間で、房総各線の拠点の千葉駅に戻っても16:00くらいなので、もう少し粘ってみるか…と、足を千葉駅に向けさせたのです。
その後、Twitter (本当に役立ちました)で、成田線の運用からいったん車庫に入り、その後出庫しで夕方前に内房線の運用に入ったという情報が入り、これは千葉駅で待っていれば来るのではないかという思いが立ち込めます。113系は現在8両編成、そして、209系との大きな違いは、3扉か4扉かという事…。これは駅の発車案内にも表示されている事柄なので、それを見て簡単に予想がつくのです。そして…、、、
ついに出会えました!♪
…いや~、粘った甲斐があったものです(笑)。何だか懐かしさを覚えますね。内房線の列車として千葉駅に到着した後、折り返しの行先は何と、外房線の勝浦駅行き!…という事は、正真正銘、外房線の運用に入ったわけで、今回の“鉄道さんぽ”に堂々と組み入れて良い列車になったわけです。ただ、流石に今からまた勝浦駅まで行くわけにはいかないので(笑)、2つ目の蘇我駅まで、しっかりと乗らせて頂きました。209系から見ると、明らかに洗練されたとは言えない容姿、そしてクラシカルな車内でしたが、この安心感というのは、やはり昔から使われていた車両だったからなのでしょう。
恐らく、東京近郊で乗る事、そして出会う事はもうないと思われる113系…。最後と言うのにはまだ早過ぎますが、そんな瞬間に立ち会えて良かったです。この日の出発時の事を思えば、雨にも関わらず実行を決めたのが吉と出ましたね。これも良い夏の思い出の1つとして、自分の心に刻まれた事でしょう!
基本、鉄道さんぽを行う時の天候は晴れが良いです。空も明るく、太陽が鉄道車両を照らしてくれるお陰で写真も綺麗に写り、何より“さんぽ”ですから、雨ですと足が鈍ってしまいます…。しかし、鉄道路線の中には、雨という天気が似合う路線もいるもので、今回取り上げた箱根登山鉄道もその1つではないでしょうか。
箱根登山鉄道は御存知の通り、小田原市と箱根町を結ぶ鉄道で、日本では珍しい本格的な山岳鉄道でもあります。特に、本格的な山岳区間となる、箱根湯本駅から終点の強羅駅までの間は、距離にして9km程の間に約440mも登り、粘着鉄道(普通鉄道)としては日本で最も急な勾配である、80‰(1000m進むごとに、80m高くなる坂です)という坂が、至る所に存在しています。箱根登山鉄道は、鉄道線の他に鋼索線(ケーブルカー)も有していますが、今回は小田原駅~強羅駅間の鉄道線のみを取り上げます。
沿線は温泉街も多いですが、箱根湯本駅より先は険しい山の中…という感じで、視界も開ける事はなかなか無く、しっとりとした風景が似合う区間でもあります。また、沿線には職員の手で植えられたアジサイが多く見られ、それが雨の似合う路線…とも言える所以でもあります。今回さんぽを実行した日は曇り時々雨…という天候で、霧も多く発生しており、箱根登山鉄道らしい風景を演出してくれました。多くの写真と共に、その魅力を伝えられたらと思います。
●日時…2011年6月26日 ●路線距離…15,0km ●駅数…11駅
箱根登山鉄道の起点となる駅は小田原駅ですが、現在、それが分かる人は数少ないのではないでしょうか。…と言うのは、現在は箱根登山鉄道の車両は、小田原駅には乗り入れてきていないからです…。どういう事かと思うかもしれませんが、現在、路線の小田原駅~箱根湯本駅間は、小田急電鉄の車両のみによって運行されている状態なのです。
元々は箱根登山鉄道の車両だけで運行されていたその区間に、小田急電鉄が乗り入れてきたのが1950年の事…。これによって新宿駅と箱根湯本駅間は1本化され、直通列車も走り、大変便利になりましたが、お互いにレールの幅が違うので、小田原駅~箱根湯本駅間は、どちらの車両も走れるように、三線軌条という、全部で3本のレールが敷かれていたものでした。
ただ、箱根登山鉄道の車両は、急勾配、急カーブに備えて造られている為にサイズが小さく、小田急の車両とは輸送力に相当な差が出ていました…。また、バリアフリーの問題もあってか、2006年3月以降は、箱根登山鉄道車両は箱根湯本駅~強羅駅のみの運行とし、小田原駅には顔を出さなくなりました。この時、3線あったレールも、小田急サイズのレールを残して撤去されたので、物理的に小田原駅に行く事すら不可能になっています。
それ以降、小田原駅~箱根湯本駅間は、小田急の車両によってのみ運行されるという不思議な区間になるのですが、一部、小田急の車両も、箱根登山鉄道に合わせた塗装に変更された車両を登場させ、その路線ブランド維持に努めています。ただ、箱根登山鉄道の路線図を見てみると、小田原駅~箱根湯本駅間は“小田急電車”、箱根湯本駅~強羅駅間は“箱根登山電車”と称しているので、その運行形態からも、これが一番分かりやすいのでしょうね…。確かに、“登山”と連想出来そうな区間は、箱根湯本駅以降の区間でもありますし…。
…というわけで、小田原駅は箱根登山鉄道の起点駅でもありますが、やはり駅の雰囲気というのは小田急電鉄…という感じは否めません…。ただ、新宿駅から小田急ロマンスカー等でこの駅を過ぎると、単線区間に入り、急に速度を落として、それは慎重に走っていく感じになるので、やはり小田急電鉄の路線とは一味違う部分がこの先には存在しているのです。
1つ目の箱根板橋駅の手前では、半径160mの急カーブがあり、ここの速度の落としっぷりは特筆ものです(笑)。島式ホームの当駅ですが、下り線側にはもう1つ、小さいホームが存在しています。これは、かつての登山鉄道車両用のホームで、三線軌条だった時代の時に、登山鉄道車両と小田急車両が駅に着くと、その車両サイズの違いから、ホームと車両の隙間が大幅に空いてしまうという状況が生まれてしまい、この専用ホームを使っていたのです。1本レールが外されてしまった今(右上写真の左側の線路に、その跡がありますね)、このホームは使われなくなってしまいましたが、かつてここに箱根登山鉄道の車両が来ていた…という事を伝える大事な存在でもあるかもしれませんね。
さて、小田原駅~箱根湯本駅間は“平坦区間”とも呼ばれ、まだ山岳路線というには早いような雰囲気でもあるのですが、それでも40‰という勾配も存在しますし、この区間を小田急電鉄の車両が走っているといのも、なかなか面白い光景ではあります。
風祭駅を過ぎ、入生田駅に到着する手前の右側に箱根登山鉄道車両用の車庫が見え、ここからは昔のように、三線軌条となって進みます。ただ、ここと箱根湯本駅間を走る登山鉄道の車両は回送列車のみで、営業運転列車はありません。それでも三線軌条を手軽に見れる区間としても、この区間は貴重と言えるかもしれませんね。更に急勾配、急カーブが続いて、速度も落として走る区間でもありますが、左側に早川が見えてきて並走し始めると、小田急列車区間との分岐点、箱根湯本駅に到着します。
今回、さんぽを行った日は日曜日でもあったので、箱根湯本駅は大混雑という感じでした…。無理も無い筈で、ここまでの列車は、普通列車で4両、特急列車で6両相当の列車から、登山鉄道車両が2両又は3両の編成になってしまうからです。また、1両の長さ自体も小さく、小田急車両は20mに対し、後者は15m程です。登山鉄道車両はラッシュ時のような状態は必至で、中には整理乗車を行っている列車すらありました。ここで「車で来ていれば良かった」と思う人もいますが、ここにはメインの道は国道1号線の1本しかなく、こちらは渋滞が必至という状態です…。果たして、どちらを取るべきか…(笑)。
…という事で、この先は混雑必至の箱根登山鉄道車両のみの運行となります。小田原駅寄りの区間は物理的に登山鉄道車両の乗り入れが不可能になりましたが、ここからは、小田急車両の乗り入れが物理的に不可能となるわけです。それは、列車が箱根湯本駅を出てからすぐに現れる、例の80‰の急勾配(右上写真参照)を見れば明らかです。箱根登山鉄道の車両は、1両の長さが約15mと書きましたが、これでこの坂を登ると、1両の前と後ろでは、約1mの高低差が付く計算になります。3両編成ですと、約3mもの差です。車内にいても、吊革が斜めになる事から急勾配である事が分かり、今回のような日曜日ですと、観光客は早速大はしゃぎ…という感じではないでしょうか(笑)。
列車は黙々と登っていきますが、ほんの数百メートル走ったところで、湯本駅の温泉街が遥か下に見えるようになり、勾配のキツさを実感させます…。そのままトンネルを入ったり出たりを繰り返し、塔ノ沢駅に到着します。ホームの両側をトンネルに挟まれており、山の奥という雰囲気が満点の駅でもあります。
実際、この駅に列車以外で人が到達するには、国道から約5分程、歩行者用通路を通っていかなくてはなりません(唯一の、終日無人駅でもあります)。車等の乗り入れもまず出来ず、小田原寄りのトンネルを拡張した際の作業の大変さが想像出来ますが(手掘りを余儀無くされたそうだとか…)、自然真っ只中の駅でもあり、是非一度降りて、その雰囲気を体験して頂きたい駅でもありますね。
駅を出ると、すぐトンネルに入り、更に勾配を登っていって、今度は早川橋梁という橋を渡ります。これは、通称“出山の鉄橋”と言われていて、深さ43mの渓谷を渡る、箱根の観光名所の1つともなっています。紅葉時には、橋上で減速や停止も行われていて、車内にいるお客さんは一斉に外に向けてカメラを撮り始める場所でもありました。
ここは、付近に架かる道路橋からも眺められる、有名撮影ポイントでもあったのですが、現在は封鎖されてしまい(その奥に通じる旅館が閉鎖されたからです…)、そこからの撮影は不可能になってしまいました。なので、現在は左下写真のような感じが限界ですが、若干無理がありますね…。素晴らしい景観を誇っていた場所なだけに、残念です。
早川橋梁を渡り、更にトンネルに入り、今度は左にカーブします。そのまま180度程は進行方向が変わったかと思うと、出山信号所に到着します。谷側には、先程通った早川橋梁が遥か下に見えて、こんなに登ってきたのか(実際、こことの標高差は50~60m)と実感させられるポイントでもあります。ここで最初のスイッチバックを行います。
スイッチバック…つまり、列車の進行方向が変わるのです。この先は、ただの直線の坂では、いくら登山鉄道車両でも登れない地形の為、こうして山を登っていく手法が使われており、この鉄道では終点まで、このスイッチバックが3回行われます。当然ですが、スイッチバック時には運転手と車掌の場所も入れ替わるわけで、御丁寧にその足で、列車の前から後ろまで、信号所に敷設されている小さなホームのようなものを通って移動しています。そして、やっとの事で列車が発車しますが、この次の大平台駅まで、塔ノ沢駅から直線距離にして1,6~1,7kmにも関わらず、例のスイッチバックや急カーブ、急勾配もあったりするので、列車は15分も要しています。ちなみにこの1駅で、列車は184mも登っています。
さて、大平台駅の標高は349m。この日、霧が発生してきたのも、この高さになった辺りからだったでしょうか…。この駅はスイッチバック駅になっており、大平台駅に到着する直前に、左から線路がやってきて、頭端式のホームに到着する…という感じです。この駅では是非列車から降りて、色々と沿線風景を見てみたいものです。
雨はギリギリ降っていない…という感じですが、霧の発生は本当に気紛れで、少し前は景色がくっきりと見えていたのに、次の瞬間には100m先は何も見えない…という状況にもなってしまったり…、鉄道の写真を撮るには不向きの条件でしたが、薄めの霧ぐらいですと雰囲気は抜群なのもまた事実です。しかし、自然発生的なものなので、その予測は不可で、暫くはそことの戦いの時間が続いたものでした。
霧が濃い状態ですと、鉄道が近付いて来るのかさえ分からなくなってしまうのですが、耳を澄ますと、あの独特の箱根登山鉄道の車両の音が聞こてくるのです。大平台駅を出発した電車は、また坂を登り始めますが、すぐに上大平台信号所に到着し、ここで3度目のスイッチバックを行うので、この付近では行ったり来たりを繰り返すのか、走り去っていった鉄道の走行音が、また少し経つと聞こえ始める…という状況になるのです。目で見るだけでなく、耳で聞くだけでも、スイッチバックという独特のシステムを感じる事が出来る…。霧は、そんな面白い環境も作ってくれていたようでした。
上写真は、そんな上大平台信号所の写真で、最後のスイッチバック・ポイントでもあります。ここまで全部で3回のスイッチバックがあったので、箱根湯本駅を発車した時点とは、逆の進行方向になっている事にも注目です!…この先、トンネルを抜けると仙人台信号所となりますが、ここはスイッチバックではないものの、必ず一旦停車します。そして再び国道1号線と並走し始めますが、山肌に沿ったルートを敢えて通している為に、急カーブ、急勾配はやはり続きます。特に、右下写真のカーブは、半径30mという相当なもの。3両編成の場合、先頭車と後尾車の角度は120度にもなるそうです。
このまま徐々に高度を上げていき、宮ノ下駅に到着します。ここの標高は448mで、大平台駅からは約100m上がってきた事になります。やはり、直線距離では1km強ぐらいしか離れていませんが、ここまで10分くらいは要します。宮ノ下駅は、宮ノ下温泉や堂ヶ島温泉等がある場所であり、あの有名な富士屋ホテルもあるので、なかなか乗降客の多い駅でもあります。
この駅には、ホーム自体にアジサイが植えられていて、自分も途中下車をしつつ、色々と写真を撮っていたのですが、霧が一気に濃くなったり、それらが逆に全く晴れてしまったり…あまりに刻々と状況が変わるので、ついつい1時間程滞在してしまいました(笑)。箱根登山鉄道の運転本数は、1時間に上下4本ずつが基本なので、意外とシャッター・チャンスには恵まれているのですが、天候にはやはり勝てません。ひとまず、上下4枚の写真が、宮ノ下駅付近を表している写真になっているかなと思います。
さて、宮ノ下駅を発車し、1,3kmの距離で87mを登り、標高535mの小涌谷駅に到着します。更に登っていき、左に、右にと急カーブで進路を変えていきますが、その後は箱根登山鉄道では珍しく直線が続き、緩い登り勾配で彫刻の森駅に到着します。有名な、彫刻の森美術館の最寄駅です。ここの標高は551mで、そろそろ終点も近付いてきた感じになります。
ここまで見てきたように、箱根登山鉄道の車両は、一般的な鉄道車両より少し小さ目なのがお分かりかと思いますが、それも急カーブ、急勾配に対応させる部分があっての事です。急カーブ時は、車輪とレールの磨耗を防ぐために、散水を行いながら走行してます(つまり、水を蓄えるタンクが装備されているのです)。また、電車の走行、ブレーキに使用している抵抗器は、下り坂での発電ブレーキで使用の際に大量の熱が発生する為、冷却しやすい用に屋根上に搭載されています(…なので、新しい車両に掲載されているクーラーは、車内に装備されています)。
さて、彫刻の森駅を発車すると、ここからは平坦な道のりが続きます。急カーブも途中1ヶ所のみで、それまでの重い走行音も一転して、軽快に終点を目指していく感じです。そんな状況も束の間、ほんの2分程でで終点、強羅駅に到着です。ここの標高は553m。小田原駅の標高は26mなので、527mも登ってきた事になりますが、これぞ山岳鉄道と言える数字かもしれませんt年。周辺には温泉街もあり、色々な施設も多いですが、この先はケーブルカー路線もあり、各方面に向かうバスの路線もあるので、箱根観光の拠点ともとれる駅にもなっているのかもしれませんね。いつも賑わっているイメージがあります。
今回の“さんぽ”はここまでです。箱根登山鉄道は、これまでに何度も乗っていますが、今回程途中下車をしたり、駅間を歩いたりをした事は無く、なかなか楽しい時間でした。天気にも恵まれて(ここでいう恵まれる…とは、霧だったり、それが晴れたりと、色々と変化があった事を指します…笑)、箱根登山鉄道の魅力的な側面を映し出してくれたかもしれません。
このままケーブルカーに乗って、ゴンドラに乗って…、箱根観光を楽しんでしまいたいところですが(笑)、いつの間にか午後5時くらいになっていたので、これで引き返します。今度またゆっくり来よう…。そう思えただけでも十分なくらい、充実した箱根登山鉄道の“さんぽ”だったと思いました♪
☆箱根登山鉄道のHP…www.hakone-tozan.co.jp/
偶数月恒例の“鉄道さんぽ”ですが、今回はJR線の回でもあります。それこそ日本全国に路線網を広げるJR線ですが、ならば…と、先日の九州ツアーの帰りに回った路線から、1つ取り上げてみたいと思います。以前の記事で言ったように、今回はただひたすら(笑)九州内を回っていたわけですが〔更なる広がりを見せた九州ツアー 参照〕、その中で目を付けたのは、JR筑肥線という路線でした。
この路線は、JR九州管内の路線としても特徴的な一面を持っています。それは、唯一地下鉄と相互乗り入れを行っており、車両も通勤型を中心に使われているという事です。JR九州の他の車両と比べるとそれは明らかで、この路線だけ、1両に片側4扉がある車両…、つまりは東京のJR線らしい雰囲気で走っているのです(他の路線は近郊型車両が主に使われていて、それは片側3扉車となります)。
九州一の繁華街である天神、博多を通るので当然とも言えますが、この区間は乗り入れ先の地下鉄区間ともなっており、実際の筑肥線は、姪浜駅より西側の区間を指します。元々、博多駅まで単独で乗り入れていた路線ですが、1983年に福岡市の地下鉄が開業した際に、そちらと相互直通運転を行う事で、従来のルートは廃止してしまったのです。
それこそ、それまでは単線、非電化の路線でしたが、この開業を機に、筑肥線は一気に近代化路線の仲間入りを果たしました。また、唐津市周辺も、唐津市街に立ち寄るルートに変更され、更に奥に存在する山本駅~伊万里駅間の路線とは分断される事になります。その間はJR唐津線という路線で介されている状況になっているのですが、この西側の路線は単線、非電化で、正にローカル線といった風情です。つまり現在の筑肥線は2区間で、姪浜駅~唐津駅の電化区間と、山本駅~伊万里駅間の非電化区間に分かれるわけです。この2路線の雰囲気の違いは興味深く、特に非電化区間の方は、昔ながらの筑肥線を彷彿とさせてくれます。
今回は勿論どちらの区間にも乗り、その歴然とした“差”を体感してきました。また、この日はとても良い天候に恵まれ、春の訪れを感じさせた“さんぽ”になった事も(顔が若干日焼けしてしまいましたが…笑)付け加えておきましょう。それではどうぞご覧下さい!
●日時…2011年4月5日
●路線距離…68,3km
(姪浜駅~唐津駅…42.6km、山本駅~伊万里駅…25.7km)
●駅数…30駅(姪浜駅~唐津駅…19駅、山本駅~伊万里駅…11駅)
福岡市営地下鉄空港線の西端が姪浜駅で、JR筑肥線はここから西側の区間となります。殆どが地下鉄からの直通列車で、本数は半減しますが、それでも日中は1時間に片道4本程度は運転されています。地下鉄の車両も筑肥線に乗り入れており、JRの車両が赤色を基本とした塗装に対し、こちらは青色なので、明確に差が出ていて面白いです。
姪浜駅を出ると、左側に福岡市営地下鉄の車両基地を望みつつ、高架区間から降りてすぐに下山門駅に到着します。ここまではマンションや住宅街が続く区間ですが、ここを過ぎると早速、生の松原と呼ばれる松林の中を走り、右側に博多湾を望みつつトンネルへ…。ここから地図上では、博多湾の海岸と並行して走っていくのですが、意外にも海が望める区間は少なかったりします。ここはそんな数少ないビュー・ポイントで、福岡市街から断続的に続いた住宅街もここで一旦途切れるので、何となく旅情を掻き立てられる区間でもあります。
残念ながら、下り線は、海が見れたと思うとすぐにトンネルに入ってしまうので、ゆっくりと博多湾を望む事が出来ないのですが、それでも注意して車窓右側の方をみると、直前に通過してきた生の松原や、その海の対岸には、昨年のさばいばるいとうさんのツアーでも訪れた能古島〔さばいばるいとう UNIT、西日本・九州ツアー(2010.8.5~8.13)参照〕を見る事が出来ます(←まだこの記事は未完成なので、能古島まで説明出来ていませんが…笑)。
今回の“さんぽ”は、この風景が望める下山門駅~今宿駅間を、今宿駅から歩いてみました。電車で通ると一瞬ですが、その区間を歩いてみると、本当に海に近い所を走っているんだなと感じます。その距離はたった道路1本分で、改めて福岡という場所が、如何に海と身近にある土地か…、考えさせてくれる区間でもありました。
ここで、筑肥線(姪浜駅~唐津駅間)を走る車両について触れておきましょう。まず、一番よく見かけるのが、左上写真の103系1500番台という車両で、1983年の地下鉄乗り入れ開業時(同時に電化も達成)にデビューしました。この時、既に東京では203系という、地下鉄乗り入れ用の車両(JR常磐緩行線に使用)が造られていたのですが、ここでは経済性を重視し、今までの103系を一部設計を変更して投入されました。なので、系列は103系となっていますが、他の103系車両とは似ても似つかない車両で、どちらかと言うと201系や、先程の203系に近い雰囲気の車両となっています。基本的に6両編成ですが、後に中間の2両を先頭車化改造させて、3両×2編成…として走る列車も多数あります。そして、筑前前原駅以西では3両だけで走る列車もあり、需要に応じた編成が組める車両として、今でも筑肥線の電化区間の主力となっている車両となっています。
そして、1999年に登場した新しい車両が303系です。筑肥線は、福岡市営地下鉄と乗り入れを行っている関係から、JR九州の路線としては唯一直流電化の路線となっており、その為、国鉄がJRになってから造られたこの303系は、JR九州の唯一の直流専用車両ともなっています。また、乗り入れ先の地下鉄車両が、地下鉄区間はワンマン運転になっているのに対し、先程の103系はそれに対応しておらず、車掌業務となっていたのですが、この303系は地下鉄線内のワンマン運転にも対応しています。JR九州らしいモダンな装いが特徴で、まだ以前の103系が全車現役の為に、車両数は3編成に留まっていますが、今後の装備を期待したいものです(ただ、全て6両固定編成なので、3両運転が多くなる筑前前原駅以西では使い難い…といった見方もありますが…)。
さて、その筑前前原駅から、徐々に車窓風景も変わってきます。ここまでは路線も複線区間が続いており、地下鉄線の延長のような感じで、通勤路線性格が強い区間となっているのですが、ここからは単線区間となり、田園風景も目立ってくるので、郊外路線のような感じとでも言いましょうか。運転本数も、日中はここからは1時間に片道2本程度となってしまいます。
筑前前原駅を出ると、次に美咲が丘という駅がありますが、この駅のデザインはなかなか特徴的です。1995年開業と、結構新しい駅ですが、JR九州のコーポレート・カラーである赤色を纏った駅舎を採用しており、黄色の筒状の通路と相まって、非常にカラフルな雰囲気の駅となっています。左上写真のように、筑肥線の103系1500番台の車両と組み合わせると、正に合わせ技的な雰囲気を思ってしまいますよね(笑)。JR九州には、こうした試みを持った媒体が数多くあるような気がします。
そして、広大な田園風景の中を走り、筑前深江駅へ…。地下鉄の車両の乗り入れは当駅までとなり、ここより西の区間は、基本的にはJRの車両しか走りません。日中も半分以上は、103系の3両編成での運転となっています。
さて、お次の“さんぽ”は、この区間にある大入駅~福吉駅間です(福吉駅から、1駅戻る形で歩いてみました)。特にこの区間に何かあるわけではないのですが、何となく駅名の縁起が良さそうだったので、降りてみたくなったのです(笑)。勿論、期待していたような事柄は起きはしませんでしたが(笑)、ここも広大な田畑が望める区間を走っており、写真的には良いものが撮れたようにも思いました。ちなみに、これらの駅の読み方は、大入(だいにゅう)駅、福吉(ふくよし)駅です…。
さて、この先にある鹿家(しかか)駅から次の浜崎駅までは、筑肥線の中でも最も駅間の長い区間(5,2km)になるのですが、一番海が長い事望める区間でもあります。流石に距離が長いので今回は歩きませんでしたが(笑)、トンネルも断続して続くものの、海への展望は概ね良好であり、“さんぽ”をするには結構面白そうな区間だとも思いました。
今回は浜崎駅で降りて、少し鹿家駅寄りに歩いていくだけに留めましたが、その時に撮った写真はむしろ海というより、山や木々とを取り合わせた写真になりました(下写真参照)。海だけではない筑肥線…という側面を感じさせてくれると思います。
この先は虹ノ松原で有名な、その名も虹ノ松原駅を通り、線路の右手には暫く松原が続く区間が望めます。すると、意外にも線路は高架区間に入っていくのですが、これが地下鉄開業後に新たに造られたルートでもあります。以前は、この先にある松浦川を渡らず、今より少々河口付近に位置した東唐津駅を通って、スイッチバックしてこの後に説明する山本駅に至っていたのですが、現在はそのまま西に向かい、高架化された東唐津駅、そして松浦川を渡って唐津駅へと達しています。山本駅からは、北に延びるようにJR唐津線が走っているので、山本駅に行けなくはないのですが、一旦唐津駅を通らざるを得ない路線配置となりました。
…と言うように、前述通り、この唐津線を介して、筑肥線は唐津駅より東側と、山本駅より西側の路線の分断されてしまうのですが、現在の山本駅より西側の筑肥線は、博多駅からの延長というより、唐津線の支線のような扱いに等しく、列車も日中は1両編成のディーゼルカーが1~2時間に1本が走る程度で、地元の人もあまり“筑肥線”とは呼んでいません(伊万里線…とか呼ばれています)。それでは今度は、山本駅より西側の筑肥線を見ていく事にしましょう。ちなみに、唐津駅より東側の筑肥線は、この先、唐津線の西唐津駅まで乗り入れていますが、これは線区が別になるので、唐津線を“さんぽ”した時にでも(いつ実現するかは不透明ですが…笑)取り上げていければと思います。
いきなり山本駅には行けないので、先程の唐津駅からJR唐津線で向かう事になりますが、筑肥線への列車も、唐津や西唐津駅から直接出ているので、利便性は悪くはありません。山本駅は唐津駅から2つ目で、以前の状態ならば、ここで改めて左側から博多からの筑肥線が合流してから当駅に至ったわけですが、今は、Y字に分かれるだけの駅となってしまいました。それでも、言わばジャンクションと呼ばれる駅ではあるのですが、唐津線も1時間に1本程度の路線なので、駅の規模は小さく、無人駅でもあります。それでも、これから訪れる筑肥線の駅よりは、遥かに立派な駅構内だったのですが…(笑)。
さて、筑肥線の伊万里駅行きディーゼルカーは1両編成で、乗客も10人程という状態でした。これがいわゆる“日常”なのだと思いますが、路線風景の雰囲気からしても、明らかにローカル情緒が漂っています。先程の姪浜駅付近の筑肥線とは別路線のようだと、早速嫌でも思ってしまいます…。
山本駅を出ると、暫く唐津線と並行し、お互い単線の路線なのですが、一種複線の路線のようにも思える風景が続きます。途中の本牟田部駅は唐津線だけに存在し、何事も無かったかのように筑肥線は通過、そして唐津線をオーバー・クロスし、やがて唐津線を左に見ながら二手に分かれていきます。このオーバークロスに、かつて山本駅手前で旧路線と合流していた名残が見れるかなと思います。今のような状態ですと、山本駅を出てすぐに筑肥線は右側に出た方が効率が良いように思えるからです。わざわざ左側からオーバークロスして右側に出るのは、以前の筑肥線と唐津線の両線が干渉しないように造られたからではないでしょうか…。現在はY字に分かれるので、あまり機能しているとは言えませんが、X字にクロスしている時は、意味のある分岐の仕方のようにも思えるわけです。
そんな事を思いながらも、1つ1つの駅に停まっていきますが、殆どの駅で乗客の出入りはありません。線内唯一の列車行き違い可能駅である大川野駅で、少しの入れ替えがあったくらいで、後は皆、終点の伊万里駅まで乗るか、途中から2,3人、やはり伊万里駅まで向かう人が乗ってくるか…ぐらいでした。そもそも絶対数が少ないので、これで乗客の流れを把握するのには早過ぎる判断だとは思いますが…。
筑肥線の非電化区間の主力となっている車両は、上写真のキハ125形で、日中は1両編成での運転が基本となっています。この車両で1~2時間に1本の運転ですから、輸送力は少な目…という事になってしまいますが、そもそもお客さんが今回乗った時も10人くらいだったので、これでもむしろ足り過ぎてしまうわけですね…。ローカル線の事情というも、なかなか厳しいものがあるようです。
その分、車内は喉かそのもので、唐津駅~伊万里駅間をを乗り通すと約1時間という感じなのですが、お昼過ぎに乗っていた状況もあるのか、かなりのんびりとした時間を過ごす事が出来てしまいました。沿線中にも、これといった観光地があるわけでもないので、先程も言ったように、この線を支配しているのは“日常”そのものなのです。しかし、それが何とも言えない旅情を生み出しているようにも思え、そのまま路線の魅力にも繋がっている事にも気付かされますね。
この事は、この後“さんぽ”した、肥前長野駅~桃川駅間の風景を見ながら、改めて感じた事でもありました。今にも朽ち果ててしまいそうな駅舎や、日本の原風景のような状況の中を走る、1両の鮮やかなディーセルカー…。それは、昔ながらの光景に溶け込んだ、正に現代の車両であり、その共存が上手く成り立っているようにも思ったのです。他に見るべきものはなくても、こういった事が感じられるだけで十分ではないでしょうか。いつまでも続いてほしい風景のようにも思ってしまいます。
最初の筑肥線の写真と見比べると、こうも雰囲気が違うのか…という感じですが、紛れも無く同じ路線です(笑)。もしかしたら、筑肥線の本来の姿というのは、むしろ西側のこちらの路線の方なのかもしれませんね。…言ってしまえば、博多側の沿線は、近年発展し過ぎてしまったのでしょう。それだけ都会化というのは、街も雰囲気も変えてしまうものなのでしょうか…。
そんな事を考えているうちに、列車は終点の伊万里駅へと到着しました。1面1線のシンプルな構内で、列車もただ折り返すだけしか出来ません…。この先、第3セクターの松浦鉄道へと乗り換えが出来ますが、両者の駅舎は、1本の道を挟んで完全に分かれており、一種独特な風景となっています。かつては線路は繋がって(松浦鉄道は旧国鉄の路線で、JR移管後、1988年に第3セクター化されました)いたのですが、2002年に分断されました。
何となく予想はしていましたが、呆気無い終着駅到着でした(笑)。…ですが、この飾らない感じも筑肥線の魅力だと思ってしまえるのは、全線乗り通して来たこそかもしれません。今回、JR筑肥線は全てが初めて乗った路線となりましたが、1日で見終えてしまえたからこそ、沿線の変化を如実に体験出来たような気もします。関東からは流石に気軽に行ける場所でもない今回の路線ですが、色々な側面を感じられた“さんぽ”にもなりました。そして少しでも筑肥線を身近に感じられるようになったのが、今回の最大の収穫にもなったような気がします。
野岩鉄道という名前は、下野(現在の栃木県)と岩代(現在の福島県の会津地方)を結ぶという意味から付けられており、想像通り、かなりの山間部を走る路線でもあります。今は冬真っ只中という事で、この季節に相応しい風景も見られるかもしれません。また、この路線は、自分が鉄道に興味を持ち始め、何となく遠出もするようになってきた中学生の頃に幾度と無く足を運ばせていた路線でもあり、その時との比較を見てみるのも面白そうです。…沿線の人口が極端に少ないので、殆どが観光客で成り立っているというこの路線ですが、敢えて観光客が少なさそうな平日を狙って(学生の頃は、それこそ日曜日しか行けなかったので…)乗ってみました。さあ、その表情はどのように変わっているでしょうか…。
●日時…2011年2月25日 ●路線距離…30,7km ●駅数…9駅
首都圏の路線を乗り継ぎ乗り継ぎ、東武鬼怒川線の終点新藤原駅が、今回の野岩鉄道の起点駅です。ここまで4両編成で来た列車も、原則的に野岩鉄道線内は2両編成での運転となるので、いよいよ山岳地帯に入っていくのだと感じさせます。ただ、ここまでの道のりが、東武鬼怒川線は鬼怒川の渓谷に沿って急カーブが続き、スピードもろくに出せなかった路線に対し、歴史的にも新しい野岩鉄道は、ここから急にトンネルや橋梁が増え、列車も生き生きとした?速度で走り始めていきます。この路線が完成したのは1986年ですから、大正時代に軽便鉄道として開業した東武鬼怒川線とは、本当に対照的なのです。ただ、運行形態を見ると、野岩鉄道は実質東武鬼怒川線の延長部分であり、大部分の列車が東武線からの直通列車です。更に何本かは浅草駅からも直通しているので、この事が、ただの地方路線とは別格の意味合いをもたらしているような気がします。
…では早速、その新藤原駅から次駅の、龍王峡駅まで歩いてみましょう。駅を北上するとすぐにトンネルに入り、カーブはしても緩やかな線形になっているので、確かに高規格の路線である事が窺えます…。周辺は既に山の中なのですが、路線の勾配やカーブにまでは影響していないといった感じですね。恵まれた線路条件の鉄道だと言う事が出来ると思います。
それ故、新藤原駅~龍王峡間は、並行すると国道のすぐ近くを走っているものの、その殆どがトンネル区間になる為、列車の確認には限度(右上写真参照)があるというものでした。ちなみに野岩鉄道を走る車両は、殆どが左上写真のもので、右上写真の車両は、この先に接続する会津鉄道からの乗り入れ車のものです。
龍王峡駅は、トンネルとトンネルの僅かの明かり区間に位置しています。…むしろ、ホームの半分くらいはトンネル内と言って良いのかもしれません。ここまで歩いてきたので、やっとここから野岩鉄道に乗るという事になりますが、ここではフリーきっぷ(後述します)がとても便利な役割を果たしてくれました。駅の名前通り、火山岩が浸食されで出来た渓谷“龍王峡”は、当駅から歩いてすぐの所です。
龍王峡駅を出ると、すぐ様トンネルとなり、そこを抜けると川治温泉駅です。トンネルを出てそのまま高架橋が続きますから、本当に近代的な路線ですが、結構な山の中でこのような路線形態が続くので、何だか不思議な気さえしたものでした…。
さて、ここから次の川治湯元駅間こそ、自分が何度も足を運んだ区間です。何故かというと、両駅の距離が短い割りに、とても眺め良い景色の中を走るからです。下の双方の写真を見れば分かると思いますが、左下写真の左の方に川治温泉駅があり、右のトンネルを抜けると、そのまま右下写真へと繋がり、この写真の右端には既に川治湯元駅が見えています。路線の距離的には、ここは僅か1,2kmしかありません。道路は回り道をしている為に、歩きだと30分弱は掛かるのですが、それでも丁度良い散歩コースであり、山の中を走る列車を手軽に撮影出来る場所でもあったのです。
この付近を、駅を降りてまで訪れたのは、本当に十数年振りなのではないでしょうか…。駅の近くにある川治温泉街は前のままでしたが、色々な個所に気軽な温泉施設(足湯等)が出来ていたり、“かわじい”という、川治温泉のキャラクターまで現れていたり(笑)と、現代風な部分を感じる事も幾つかあって微笑ましかったです。全体的に、以前よりも訪れやすい環境が整っているとも言え、何だか嬉しくもありましたね。辿り着いた川治湯元駅前にも、例の“えんじい”が居ましたし(写真左下参照…笑)、これから更なる発展を願いたいものです。
さて、川治湯元駅を出ると、これまた長いトンネルに入ります。沿線で最長の葛老山トンネルというもので、その延長距離は4250mもあるのですが、こんこトンネルを出ずして存在するのが、次の湯西川温泉駅です。この駅に降り立つと、すぐ先がトンネルの出口なのは分かるのですが、人間の降りれる出口は勿論別(階段で何段か上がっていきます)で、いわゆるこの駅は、山岳トンネル内にある駅…にあたるわけです。
この駅は、道の駅と併設となっており、お土産屋や食堂など、なかなか充実した設備を持っています。しかし、周りに民家等は無く、ここから湯西川温泉街までも、バスで30分くらい掛かります。しかし、列車からバスへの接続はちゃんとしているので、要は中継地のような役割を果たしている駅だという事でしょう。駅の北側には、五十里湖を渡る鉄道橋梁が見え、この日は湖が凍っている姿が目撃出来ました。この季節ですと、この駅から雪が目立ってくるようになってきます。丁度お昼時でしたので、この建物内にあった食堂で、“鹿ビビンバ丼”(右下写真参照)なる物を食べておきました。鹿はどうやらこの辺りでは産物らしいです…。さてさて、この辺りが“さんぽ”の中間地点になるでしょうか…。
湯西川温泉駅から、次の中三依温泉駅までは駅間が長く、6,5kmもあります。この区間は目立った平地も無いので、トンネルの連続という感じで、一気に山間部を抜けてしまう感じなのですが、実は以前、自分はこの駅間を歩いた事があったのです(しかも、今くらいの冬の時期にです…笑)。当時は、左上写真の鉄道橋の奥に見える道路橋が出来ていなかったので更に大回りになっていて、実質8~9kmくらいは歩いたような気がするのですが、自分ながらよくやったと思います(笑)。その代わり、大自然の中を強行突破するような?野岩鉄道の列車が見えて、改めて凄い路線だなと思った記憶がありますね。この間、列車ですと7分くらい到達するので、鉄道の便利さと言うか、この路線が東京(浅草)まで繋がっているという安心感と言うか、何か偉大なものを感じた時期でもありました。
今回は、この次の中三依温泉駅から、その次の上三依塩原温泉口駅までを歩いてみる事にしましょう。駅間は4,2kmで、道路もほぼ並行しているので、そんなに無理のないプランのように思います。中三依温泉付近は“三依そば街道”と言われていて、所々にお蕎麦屋さんが点在していたのが興味深かったですが、先程自分は、鹿ビビンバ丼を食べてしまっていたところでした。せっかくの蕎麦好きが泣きますが(笑)、またの機会という事にしておきましょう。
この区間も山と川が迫ってきているようで、やはり列車はトンネルや橋梁で抜けるのですが、先程までその区間は長くなく、点在している集落と集落を繋いでいるような感覚に近いかもしれません。道路は川に沿って若干蛇行して進むので、鉄道とはえらい違いですが、もう一本奥に有料道路の存在もあるので(こちらはトンネル等で一気に突き抜けます)侮れません。そう言えばこの野岩鉄道は、自分が中学生の頃は4両編成での運転が普通で、勿論日曜日という事もあったと思いますが、今よりも賑やかだったイメージがあります。しかし、現在では2両編成での運転が原則で、それでもこの日はガラガラだったので、やはり時代の影響も無視できない部分なのかもしれませんね。
…歩いて歩いて、それでも1時間は掛からずして上三依塩原温泉口駅に到着しました。ここは塩原温泉への玄関駅ともなっていて、駅前から路線バスも運行しています。そろそろ雪も目立ち始め、栃木県から福島県に入ろうとしている場所でもありますね。この駅舎は右上写真の通り、結構モダンな装いをしていて、それこそ観光の拠点にでもなりそうな佇まいなのですが、次の列車に乗った乗客は自分1人だけでした。冬はスキー・シーズンで、野岩鉄道沿いにもスキー場は幾つか有り、完全なオフ・シーズンとは言えないとは思うのですが、やはり現在は車が主流なのでしょう…。実際、スキー人口自体が減っているらしいですし、なかなか観光を取り巻く状況は厳しいようです。
さて、次の駅である男鹿高原駅まで向かいますが、この時に来た列車が、ついに野岩鉄道所有の車両になりました。…とは言え、左上写真を見た限り、今までと同じ車両では…と思うかもしれませんが、この車両は6050系といって、東武鉄道の車両と一体化させて運行が行われているのです。車両の運用幅は広く、南は浅草駅から、北は東武日光駅や、今回の野岩鉄道の終点の先である会津田島駅まで使用されていて、車両自体も共通運用となっているので、現在29編成58両のうち3編成6両を所有する野岩鉄道の車両は、当の路線自体でもなかなか出会える機会がありません…。見分けるポイントは簡単です。車両の番号表記が60100台になっていて、車両番号表記の横に、野岩鉄道の社紋が入っているところです(写真左下参照)。ちなみに会津鉄道所有の車両も1編成2両だけあって、こちらは60200台の番号となっているのですが、こちらこそ究極のレア車両かもしれません(笑)。外観は殆ど変わらないので、一瞬では見分け難いですが、見付けた時には感激ものです(笑)。
さて、そんな自社車両に乗って、男鹿高原駅までやってきました。ここは栃木県と福島県との県境に近く、人が全く住んでいない地域でもあるのですが、何故か駅が用意されています。近くに緊急ヘリポート(左下写真参照)があるのが不思議ですが、いわゆる“秘境駅”として、何度かテレビや雑誌等にも取り上げられた事があり、自分も降りれずにはいられませんでした。
確かに駅前にあるのは道だけで、ここから10分ぐらい歩くと国道に出られるですが、辺りは山の中で、成程、人の姿は全く感じられません。むしろ熊や猿の方が出そうな感じがする程で(実際、目撃情報は頻繁にあるそうです…笑)、秘境駅と呼ばれる所以も分かる気がしました。しかし、列車は1時間に1本くらいは走っており、その行き先は“浅草”だったりするのが面白いところで、ある意味で気軽な秘境駅…とでも言いましょうか。ちなみに、1日の平均乗車人員は1~2人らしく、恐らくこの日も、自分以外の乗客はいなかったと思われます…。
さて、男鹿高原駅を出るとすぐにトンネルを潜り、そこを抜けると福島県に入ります。峠を越えたような印象を受けますが正にそうで、ここからは勾配を下る方向に向かっていくのですが、その途中で集落が見えてくると、そのまま会津高原尾瀬口駅に到着となります。ここが野岩鉄道の終点で、今回の鉄道さんぽも終わりを告げる事になります。
このまま線路は先に延びていますが、ここからは会津鉄道という、やはり第3セクターの鉄道会社となっています。この路線の途中の会津田島駅までは電化されているので、東武鉄道や野岩鉄道からの列車は、その駅まで直通運転されています。その先は非電化区間なので乗り換えは発生するものの、最終的には会津地方の中心地、会津若松駅まで行けるので、都心から会津方面のルートとしても、この鉄道は見逃せない存在となっているのです。逆に、会津鉄道側からの列車(気動車)が、野岩鉄道、そしてその先の東武鉄道鬼怒川温泉駅まで乗り入れているのですが、これが今までに何度か写真に登場してきている“AIZU マウントエクスプレス”という快速列車で、今回はこれで一気に戻る事にしましょう。
この列車は東武側の鬼怒川温泉駅で、東武特急のスペーシア号と接続がとられていて、それらの車両と遜色が無いように、座席は回転リクライニング・シート、木目調の壁、電球色の半間接照明等、なかなかの豪華仕様となっています。快速とは言えど、野岩鉄道内は、前述の男鹿高原駅を通過するだけで、あとは全ての駅に停車します。今回の“さんぽ”は、何気に全ての駅に立ち寄る事が出来たので、1駅1駅、復習?する意味でも良い乗車時間だったと思います。
今回の“さんぽ”に使わせて頂いた切符は、史跡めぐり往復割引きっぷ…というもので、料金は1460円でした。龍王峡駅~会津高原尾瀬口駅の片道運賃が1040円なので、これはお得な値段設定と言えるでしょう。これは龍王峡駅、川治温泉駅、川治湯元駅を発駅とした場合のみ発行される切符で、それらの駅から会津高原尾瀬口駅までの区間が乗り降り自由というものです。自分は今回、野岩鉄道自体は龍王峡駅から乗ったので適用となったのでした。ただし、この場合だと、帰りの龍王峡駅~新藤原駅間は別清算しなくてはならないのですが、それでも龍王峡駅~新藤原駅間の料金は190円なので、まだまだお得なのです。ちなみに、野岩鉄道全線のフリーきっぷも存在していて、それは2000円になるのですが、それでも前者の方がお得ですね点。この鉄道には、東武鉄道や会津鉄道も絡めたお得な切符が色々と売られているので、用途に応じた検討をした方が良さそうです。
今回この切符は、実は龍王峡駅の改札のおばさんが説明してくれて知ったもので、本当に有難かったのですが、そう言えば野岩鉄道では、車掌さんも含めて、何だか親身になって話しかけてくれる姿が前から印象的であり、それは自分は中学生の頃から経験済みでした。世の中は不況という時代ではありますが、こうした人間的なホスピタリティは変わらず健在だったという事で、本当に素晴らしい事だと思いました。お客さんは減少してしまったかもしれませんが、まだまだ頑張る野岩鉄道…。機会があったら、是非乗りに来て頂ければと思います。何せ、東京(浅草)から直通で来れてしまうのですから!
…最後に、これは野岩鉄道とは直接関係がありませんが、東武鉄道とJR東日本を行き来する特急についても触れておきましょう。現在、東武鉄道日光線とJR東日本宇都宮線の栗橋駅を介して、JRの新宿駅から東武日光駅・鬼怒川温泉駅を直行する特急が走っているのですが、東武側は“スペーシア”という、東武鉄道を代表する車両を使うものの、JRは485系という、いわば旧国鉄型の改造車を使っており、いわゆる車両の老朽化が問題となっていました。
そこで今年の4月半ばに、旧“成田エクスプレス”号で活躍していた253系という車両を改造したものと取り替える事になり、現在の車両はそれまでの活躍という事になったわけです。この485系は、改造はされているものの、今では貴重な旧国鉄型の特急車両…。これは乗らないわけにはいきません。東武日光駅まで足を運ばせ、今回はこの車両を使った列車(特急“日光”号)で池袋駅まで一気に戻ってきたのでした。
車両の揺れや騒音等、現在の最新型の特急からすれば見劣りしてしまう点は多いものの、この車両にしか無い味わいを体験する事が出来た時間でもありました。こちらの所要時間は2時間弱という感じでしたが、良い時間を過ごせました。こちらの車両も合わせて、野岩鉄道に乗ってみるのも良いかもしれませんね(笑)!
☆野岩鉄道のHP…www.yagan.co.jp/
ちなみに、この会社の株式は、現在はJR東日本が70%を有している為、私鉄…と言うよりかはJR…と言った方が近いのですが、東京モノレールというブランド?を維持している感じもあるので、私鉄の項目とさせて頂きました。
何やら前置きが長くなってしまいましたが(笑)、普段は空港利用の為に乗る事が殆どの東京モノレールを、今回のように沢山乗ったのも初めてですし、また、色々な駅で降りたのも、予想以上に楽しかったです。今年の10月21日に羽田空港に新たに国際線ターミナルができ、それに伴う東京モノレールの駅も誕生したのは記憶に新しいですが、羽田空港自体も含めて、今まさに変化のある時期に来ているとも思います…。今一度、東京モノレールの魅力を探りつつ、沿線を“さんぽ”していきたいと思います。それではどうぞご覧下さい!
●日時…2010年12月27日 ●路線距離…17,8km ●駅数…11駅
東京モノレールの起点は、浜松町駅(東京モノレール側は、モノレール浜松町駅)となっています。しかし、ターミナルとしては中途半端な位置のようにしか思えません…。これは事実で、東京モノレールは、1964年の東京オリンピックに間に合うように建設されたのですが、当時は新橋駅を起点に造られる筈でした。しかし、用地確保の目処が立たずに、やむなく浜松町に造られたのです。ここを通っているのは、JR山手線と京浜東北線だけ(ただ、すぐ目の前に都営浅草線と都営大江戸線の大門駅があります)で、乗り換えられる路線というのは、ターミナル駅にしては少ない方でしょう。
この為か、先程言った通り、起点を新橋まで延ばす計画もあるそうです。JR東日本が株式を70%保有し、事実上経営権を持っているというのも、こうした対策を円滑に進めさせるという背景があるのだと思います。路線の用地は、JR線上空を通す事になっているらしく、確かに新橋駅まで延長させると、現在の成田エクスプレスを新橋駅に停車させる事で、成田空港から羽田空港へのアクセスが、乗り換え1回でも済む事になり、利便性は向上するかもしれません。
新橋駅まで延びていない現在の浜松町駅でも、京浜東北線の快速を浜松町駅に停車させたり、Suica をいち早くモノレールに導入させたり、JRから東京モノレールへ直接乗り換えが出来る入口を完成させたりと、やはりJR東日本の力は大きいようです。そもそも、JR東日本の路線自体が羽田空港に乗り入れていないので、この連携による双方の思惑が一致していたのかもしれませんね。
そんな浜松町駅ですが、そもそも単線ホームという、列車が1本しか乗り入れられない構造になっているのがネックで、これ以上の増発は困難です。列車が浜松町駅に着いたら、全ての乗客を降ろし、その後に新たな乗客を乗せ、羽田空港に向けて出発しないと次の列車は入れない状態なのです…。それでも、1時間の最大本数は18本に設定(約3~4分毎)されているのは驚きですが、これもホーム拡張(2面2線にするらしいです)が計画されていて、最大本数を24本にするのだとか…。羽田発着の飛行機ははどんどん増加しているので、これに対応するには必須とも言えそうです。今後はどんなターミナル駅へと変貌していくのでしょうか…。
さて、浜松町駅を出ると、眼下に東海道新幹線を含めたJR線を乗り越し、暫くは寄り添うようにして進んでいきます。東京モノレールのダイヤはタイトなので、駅を出てすぐに、新たに浜松町駅に到着する列車と擦れ違う事でしょう。もうすぐJRの田町駅という辺りで、JR線とは分かれ、今度は芝浦の辺りを進んでいきますが、この付近には駅は設けられていません。ただ、オフィスビルや運河の上空を、滑るように走行していく様は、乗っていてもスリル感があって面白く、ある意味で東京モノレールらしい光景が望める区間だなとも思っています。
カーブや高低差も乗り越え、大井車両基地に出入りする東海道新幹線と交差(左上写真参照)すると、そろそろ天王洲アイル駅になります。この駅は1992年に開業したので、この路線の中では新しい方の駅ですが、当時は倉庫が乱立するような場所だったそうで、今や臨海高速鉄道りんかい線も乗り入れている等、その変貌には驚かされるばかりです。駅の羽田空港寄りには、前述の新幹線の線路も見え、左下写真のように、一緒に写真に収める事も可能です(笑)。
ここから暫くは、右手に首都高速、左手に京浜運河を見ながら進んでいきます。…と言うか、線路は運河上に建設されてあります。要するに土地買収が不要になる為ですが、前述のように、東京オリンピックに合わせる為の終夜の突貫工事となり、多大な工費が掛かってしまった事実もあるようですね。
さて、右手に見える高速道路は混んでいる事が多いので、ここは東京モノレールの速さを実感する区間かもしれません。今ではモノレールは、重要な交通手段になっているという事の証でもあります。また、左手の運河より向こうの土地は全て埋立地となっていますが、そちらにも多くの団地が建ち並び、近代的な風景を作り出しているかのようでした…。ただ、全体的な風景は、ここ20年でそんなに変わっておらず、そもそもモノレールというものが、近代的な建築物なのだという事なのでしょうね。運河は意外と綺麗で、釣りをしている人もいるくらいでした。
そのまま走ると、大井競馬場前駅です。その名の通り、大井競馬場への来場者の便宜を図って造られました。競馬開催日には多くの観客がこの駅を利用しますが、運河の向こうにある八潮団地の利用者数も多いのが特徴かもしれません。駅のすぐ隣には厩舎がある為か、若干馬臭いのも目立ちますが…(団地は運河の向こうにあるので、影響は無いと思います…笑)。
この浜松町駅から2駅目の大井競馬場前駅まで、距離的には丁度7kmとなっています。何とこの時点で、羽田空港国際線ビル駅までの距離の半分を来てしまった事になりました!…ただ、ここから先の駅間は今までのように長くなく、細かく設置されているのが特徴です。では、後半戦を見ていきましょう。
大井競馬場前駅を出て、流通センター駅を過ぎると、東京モノレールの車庫が設置されている昭和島駅になります。この駅は、空港快速が走っている時の、普通列車の退避駅となっていて、ホームは狭いながらも、ここで通過列車を先に行かせる事が出来る駅となっています。元々はこういう構造になっておらず、単に相対式2面2線だったのですが、2007年3月に空港快速と区間快速が設置された時に、現在の形となりました。
東京モノレールの日中ダイヤを見てみると、列車は浜松町駅を4分間隔で発車していくようになっているのですが、その種別は、空港快速、区間快速、普通…という順番となっています…。つまり、12分サイクルのダイヤです。浜松町駅を、普通列車の4分後に出た空港快速が、ここ昭和島駅で追い付き、抜いていくわけです。区間快速は、昭和島駅こそ通過するものの、それまでの天王洲アイル駅~流通センター駅は停車するので、空港快速に抜かれた普通列車との間隔はまだ狭まっておらず、結局普通列車を追い越す事なく、終点まで到達します。
なかなか良く出来たダイヤで、現状ではこれが最善かもしれません。ただ、やはり快速系統の方へ乗客が集中してしまっていて(特に空港快速は普通を間に挟んで浜松町駅を発車するので、常に混んでいます)、混雑度にバラ付きがあるのが難点と言えば難点でしょうか…。羽田空港には早く着いておきたい心理は分かりますが、ある意味で、普通列車利用をお勧めしたいところですね。空港快速との所要時間の差は8分程なので…。
昭和島駅を出ると、整備場駅、天空橋駅となり、羽田空港の敷地へと入っていきます。もう窓の外には空港が見渡せ、そろそろ…という雰囲気も漂ってきます。モノレールはその間、地下に潜ったり、再度地上に出たりと忙しいですが、高低差に強いモノレール…と、再認識する区間でもありますね(笑)。
天空橋駅は地下駅で、元々はここが“羽田”駅でした。…とは言え、羽田空港ターミナルが現在の沖合位置に移される前の話しで、駅の移設もされています。ここには京浜急行電鉄も乗り入れており、両者の乗り換えも出来るようになっています。
ここで、東京モノレールの車両について説明しておきましょう。…とは言え、現在は2形式しか運用されておらず、左上写真の2000形と、右上写真の1000形です。2000形の方が新しいですが、数の上ではまだまだ1000形が多数を占めています。この東京モノレールは、跨座式モノレールという、車両の下にレールがある形態のモノレールとなっていますが(今更ですが…笑)、東京モノレールの場合、重心を低くする為に、車内にも少し駆動部分が迫り出しているように造られているのが特徴です。この為、車内も特殊なものになっており、1車両の前後の部分の座席は1段高いように設置されています。荷物置場ともなっており、色々とその配置は工夫されているようですが、何だか不思議な感じの車内でもありますね。是非乗った時に確かめてみて下さい。
さて、天空橋駅を出ると、いよいよ出来たての(笑)羽田空港国際線ビル駅です。新しいのは当然として、モノレールの改札を出てすぐに各航空会社のチェックイン・カウンターがあるのは機能的に見ても素晴らしく、より気軽に海外へ行けるという象徴にもなっているかのようです。以前はモノレールの線路は、もう少し多摩川寄りを通っていたのですが、これを空港側に少しずらす事で、現在のような配置が実現したわけですね…。モノレールの駅を降りてから、飛行機のチェックイン、そして荷物検査を受けて税関、搭乗まで、階を変えずに移動出来るというのも、このターミナルの強みだとも思います。すぐにでも利用してみたいものです(笑)。
この日は天気が良く、空気も澄んでいた為、駅から沖合側を望むと、海ほたるや、その遥か先である木更津の陸地まで見渡す事が出来ました。意外と言えば意外でしたが、それ程空港周辺というのは広々としている事の証なのだとも思います。…という事で、ここではせっかくなので、羽田空港の新国際線ターミナルも見てみる事にしましょう。
ターミナルは前述したように、モノレールの改札を出て1分も掛からずに(…と言うか、出た所がターミナル内なので…笑)アクセスする事が可能です。まだ国際線がメインの空港ではないので、そこまで広い空間とは言えませんが、機能的に造られた構造は流石とも言えるでしょう。この出発階は“空”を空間コンセプトとしてあり、天井は“すじ雲”をイメージしてあるのだとか。ここから海外に旅立つ乗客を迎え入れるのに、十分な環境だと思いました。
そして、やはり空港利用者としては、商業施設や展望デッキ等が気になります(笑)。それらも抜かりなく、江戸の街並みを本格的に再現した“江戸小路”と、日本文化の1つであるアニメやキャラクター・ショップ等が並ぶ、“Tokyo Pop Town”は必見です。それぞれに特徴的なお店が入っており、江戸小路には、あの“つるとんたん”も入っています(笑)。こうした、ある意味で非日常な空間を持ってくるというのは、空港に足を運ばせる原動力にも繋がっており、今や東京の人気スポットにも入っていると言っても過言ではないと思います。実際、この空港ターミナルに訪れる人は、国際線を利用する人よりも、見学しに来る人の方が全然多いのですから…。
そして、展望デッキもまた良い環境でした。東京スカイツリーまでも見えるとは、こちらも意外な感じでしたが、国内線ターミナルを一望出来る…というのもまた新鮮でした。離発着は頻繁に繰り返されており、その中でもやはり海外エアラインの存在は大きなものでした。今回は香港の航空会社、キャセイ・パシフィック航空のジャンボ機を見る事が出来ましたが、現在、日本ではジャンボ機自体が貴重になっている中で、こうした存在はとても頼もしいものです。一昔前までは、ジャンボばかりだったというのが嘘のようですが、現在では小さい飛行機で数多く飛ばす時代になっており、皮肉にも、それは空港の拡張によるところも大きいのです…。展望デッキから飛行機を眺めているだけでも、確実に新しい時代は来ている…と感じさせる時間でもありましたね。着実に、羽田は変わってきています。
さて、モノレールに戻り、そのまま新整備場駅、羽田空港第1ビル駅と過ぎて、ここまで来るとあっという間に終点の羽田空港第2ビル駅へと到着します。ここは全日空のターミナル側の駅でもあり、自分もどちらかと言うと、こちらの利用回数の方が多いような気がします。ここで、今回の“さんぽ”は終了となりますが、今回使用した“沿線お散歩 1day パス”は役に立ちました。東京モノレール全線が、1日乗り放題で700円なのです!…単純に、終点までの片道を乗り通すと470円なので、往復でも元が取れてしまう計算です。特に、今回のような目的の場合には最高でしたね(笑)。これで浮いたお金で、空港で食事でもとる事にしましょうか…。
実は、羽田空港の国際線ターミナル開業で、陰に隠れがちなのですが、このターミナル2の方でも最近、建物の拡張が行われおり、色々なお店も新たにオープンしているのです。まだまだ空いているせいか、雰囲気的にも良い感じです。特に、展望デッキはわざと照明を落としてあり、更には夜の滑走路をイメージしたような光の使われ方がされており(右下写真参照)、なかなか興味深い事になっていました。
この1年、それこそ色々な路線を“さんぽ”させて頂きましたが、1年の最後を空港ターミナルで終えるというのも、また一興ではありませんか!…お疲れの意味を込めて、ターミナルで食事(勿論、お酒も注文♪)を済ませてきたものでした。
今や空港はただ通過するだけではなく、大いに利用したい場所にもなってきました。そして、それらの雰囲気に一役買っているのが、モノレールという存在でもあると思います。これからも空港アクセス路線としての役割を筆頭に、より良い発展を期待したいと思いました。
…そして自分は、また新たな路線を散歩していきたいと思います!…ひとまず、2010年の御愛読、どうもありがとうございました♪
☆東京モノレールのHP…www.tokyo-monorail.co.jp/
●日時…2010年10月19日 ●路線距離…78,9km ●駅数…31駅
小海線の始発駅は、JR中央線の小淵沢駅からになります。小淵沢という駅は、市販の時刻表を見てみると、特急を含めて殆どの列車が停車するので、どんなに大きな駅かと最初は思うのですが、実際は規模は大きくなく、街もどちらかというと小ぢんまりな感じです。この駅は登山客の中継地ともなるような駅で、そのゲート的な役割を果たしている駅とも言えましょう。そんな小淵沢駅は、既に標高が881m…。ここから小海線は更に山を上って行くのですから、日本一高い所を走る路線の異名を持つのも当然とも言えますね。
この小淵沢駅、せっかくなので駅から降りて、まずは駅周辺を歩いてみる事をお勧めします。この日は天気が曇りがちでしたが、晴れの日ならば、北側に雄大な八ヶ岳を望む事ができ、この町は八ヶ岳の裾野に位置しているんだなと感じられるに違いありません。駅から5、6分も西側に向かって歩くと、すぐに市街地からは抜けられるので、気軽に訪れて頂ければと思います。
左上写真を見ても分かるように、右側に向かって傾斜になっており、その坂の先?が右上写真の八ヶ岳というわけです。実は、そんなに傾斜はなだらかでも無い…という様子がお分かり頂けるかと思います。
そして、更に小海線の線路に沿って(沿う道は無いので、回り道は必至です…)西に向かっていくと、小海線の撮影地で有名な、“小淵沢の大カーブ”に辿り着きます。ここは、甲斐駒ケ岳を始めとする、南アルプスをバックに撮影出来る有名ポイントで、小海線のポスター等を見掛ける時には、かなりの割合でここで撮られた写真は使われてるように思います。
左上のような撮影環境で、写真として撮る場合には、右上のように、思い切って望遠で狙うのが絵になるような気がします。やはりこの日は曇りがちでしたので、南アルプスの山々の全容を捉えるのは不可能でしたが、これからの季節は空気も澄んでくるので、撮りやすくなってくるでしょうね…。冬の日にリベンジでもしたいところですが…(笑)。
さて、小淵沢駅に戻り、改めて小海線の旅のスタートです。小淵沢駅を出ると、まずは中央線に沿って西に進みますが、例の大カーブで一気に逆向きに針路を変えて、今度は東へと進み始めます。その間にも列車はどんどん勾配を上っていくのですが、1駅目の甲斐小泉駅では、既に標高は1044mに達しています。そして、ここから9駅、駅名で言うと松原湖駅まで、標高の高い駅1位~9位までの駅を次々と通っていくという、正に高原路線という雰囲気で進んでいきますが、車窓に関しても独特なものがあるように思います。
やがて清里駅を抜けて暫くすると、明らかに峠を越えたような感じになる場所がありますが、そこが正にJR鉄道最高地点で、標高は1375mです。ここから急に開けて、列車の左手には八ヶ岳の全容が望める筈なのですが、やはりこの日は曇が多くて無理でした。山の裾野くらいは辛うじて分かるくらいだったのですが…。
そこから少し下り勾配になって、日本一標高の高い駅である野辺山駅に到着します。この駅は海抜1345mで、列車から降りると、流石に東京とは大分違った(笑)涼しい空気が身を包んでくれる筈です。
ここからJR鉄道最高地点を経由して、1駅戻る形になりますが、隣りの清里駅まで歩いてみました。線路の距離で5,9kmあるので、徒歩の道のりですと更に距離は掛かりそうですが、ここはハイキング気分で頑張ってみてみましょう。とりあえず鉄道最高地点までは、殆ど線路に沿って道があるので、簡単に歩ける筈です(…とは言え、30分弱は掛かるかも…)。
野辺山駅側から清里駅に向かう線路を辿ると、いったん右に曲がった後、ほぼ真っ直ぐ勾配を上っている感じになるので、いつまで歩けば良いんだ…という気分にもなってきますが(笑)、気合を入れて歩いて、中央分水界のような所に辿り着くと、JR鉄道最高地点となります。それを示す石碑なども建っていて、レストランや土産屋等もあるので、すぐに分かるでしょう。
特に、鉄道最高地点神社はなかなか粋な代物です。後ろには車輪が祀られて?いますし、賽銭箱の奥にはレールが埋められています。また、神社によくあるガラガラの部分が、枕木とレールを繋ぎ止める釘になっており、それが幾つも繋ぎ止められてあるので、なるほど、振れば確かにガラガラ(割りと高音?…笑)と鳴りました。
ここに自分は20分くらい滞在してみましたが、列車が通ったせいもあってか、どこからか車がやってきては、これらの前で記念写真を撮って帰る…といった人達が多く見受けられました。特に列車好き…という感じでもなさそうでしたから、やはり“日本一”という背景が、格好の広告塔になっているのかもしれません。
まあ、それは良いとして、せっかくなのですからもう一歩進んで、本当の鉄道最高地点を是非カメラに収めてほしいものです。…と言うのは、記念碑的に建っているモニュメントは、あくまでも“記念碑”であるので、本当の最高地点は線路上に無ければおかしいからです。勿論、線路上にそれを示す物は建ってはいるのですが、あまりに一般的ではないので、どうも見付けられていないようですね。
右上の写真の白色の標識が、JR鉄道最高地点を表すものです。ここにある踏切の、清里方向の線路脇に建てられています。この標識は、いわゆる勾配を示すもので、数字の“3”というのは千分率の値、つまり1000m進んで、3m高さが変わる勾配(‰…パーミルと読みます)を表しています。この標識は、どの鉄道路線にも建てられており、線路の勾配が変わる度に置かれている標識でもあるのです。
右上写真の表示が3‰の下り勾配(画面奥の線路が)で、その反対側は…というと、左上写真を見て頂ければ分かるように、22‰の、やはり下り坂です。つまり、ここはどちらを向いても下り坂になるポイントで、故にここが最高地点となるわけなのです。
…と、言葉で説明した感じの通り、あまり一般的ではないようですね(笑)。ただ、ここは中央分水界にもなっていて、山梨県と長野県の県境…つまりは、ここから山梨県側に降った雨は、富士川となり太平洋へ、長野県側に降った雨は千曲川、信濃川となり日本海へ…と分かれる地点でもあるのです。そう考えると自然の尊さを感じますが、とにかく、1度は訪れて頂きたい場所に変わりはありません…。車でもその雰囲気は得られると思いますので、是非♪
さて、このまま清里駅までは、ほぼ下り坂で向かえます。…とは言え、距離にして4km近くはあるので、やはり徒歩で1時間弱は掛かってしまう行程でしょうか。道は整備されているので簡単ですが、この先は線路が見えるポイントも限られるので、時間が無い方にはあまりお勧め出来ないかもしれませんね。現に、この行程の約1時間、清里駅周辺以外、歩きの人とは誰とも擦れ違いませんでしたし…(笑)。
清里駅前は1980年頃から開発が進んで、言わばミニ軽井沢?みたいな雰囲気になっていますが、ここも独特な雰囲気ではあると思います。自分は中学2年生の時の校外学習が清里だったので(学校の寮があったので…)懐かしかったですが、あの頃はゆっくりとモノを見てなかった時代でもあり、今こそ改めて、じっくり、ゆっくり見ていきたいですね。まあ、今回はまた次の機会へとなってしまったのですが…(笑)。
さて、清里駅からまた小諸方面へ向かいますが、この時に乗った車両が、実は世界初の営業用ハイブリット車両と言われる、キハE200形という車両でした。小海線は非電化路線なので、普通はディーゼルカーが走っているのですが、この車両はディーゼルエンジンとリチウム蓄電池を組み合わせ、その原動を変えながら走行する事が出来るのです。
具体的には、車両駆動(発進)時には蓄電池充電電力を利用し、加速時にディーゼルエンジンが作動します。そして減速時には電動機を発電機として利用し、減速時の運動エネルギーを電力に変換して、蓄電池に充電させるのです。確かに凄いシステムで、これらの背景ゆえ、走行音がディーゼルカーとは全く違った独特のものでした。普通はディーゼルカーの発進時というのは、エンジンを吹かさせるような音がするものなのですが、それが全くの皆無で、むしろ電車の発進時に近いものでした。また、停車している時にもアイドリング・ストップのような状況になっているので、これまたディーゼルカーに乗っている感じはしませんでした。
この車両は2007年に登場して、現在までに3両全てが小海線で活躍していて(常時2両が運用されていて、残りの1両は検査や試験等に使用…)、定期的にその姿を見る事が出来ます。大量生産にはまだまだこれからなのかもしれませんが、既に小海線ではマスコット・キャラ的な存在になっていて、小海線自身が『わくわくエコランド小海線』と明記、表示されていたりもするようです。成程、鉄道に特に興味が無い方でも、小海線に乗ってはカメラで色々と撮っていた人も多かったのですが、そういった施策が影響されているのかもしれませんね。
さて、峠を越え、千曲川を何回も横切りながら勾配を下っていくと、路線の中継駅でもある小海駅に着きます。ここからは高原路線というよりは、川に沿って走る路線…という感じで、車窓の風景も変わっていきます。小海駅は、駅数で言えば小渕沢駅から3分の1くらいまでしか来ていませんが、距離は既に6割以上は進んでいます。つまり、小海駅までの駅間は長く、これより先は短い駅間が続くという事です。その事も、列車風景の雰囲気を大きく変えているような気はします。
今度は、高岩駅から馬流駅間を歩いてみました(また1駅戻る形をとりました)。この間には写真右上のように“天狗岩”と呼ばれる岩肌の崖があり、ここも小海線を代表する有名撮影地があるからです。実際、写真を撮ってみると、正に絵に描いたような配置…。それは多くの方が写真に収めるのも頷けました…。雰囲気は素朴な感じが漂っています。
また、馬流という駅が想像以上に?集落の奥地にあり、これもなかなか面白いです。広い道には面していなく、ただ『JR馬流駅』…と書かれた看板に沿って歩いていかないと着けません。写真左上にある表示から、更に2回ほど小道を曲がっていかないと着けないので、初めて駅を訪れる方は、その表示無しでは絶対に分からないでしょうね(笑)。…ただ、時にはこんな楽しみも有りだなと思いました。
緩やかに勾配を降りて、佐久市の中心駅でもある中込駅に着くと、もはや高原路線のような雰囲気は全く無くなって、普通の地方のローカル線のような、のんびりとした感じ…また、駅間も短くなるので、地方の通勤路線のような性格も持ってくるようになります。
最後に歩いたのは、長野新幹線との交差駅、佐久平駅から、また1駅手前の岩村田駅までの、約1kmの距離でした。長野新幹線の開通(1997年)と共に出来た佐久平駅は、今までの小海線の雰囲気からすると、大都会にあるような駅で、周辺も同じ時期に開発されたのでしょう。東京のニュータウンのような雰囲気と若干被る部分があるような気がします。
前述したように、この駅では長野新幹線と乗り換えられますが、新幹線に跨って在来線の駅があるという構造は、結構珍しいのではないでしょうか。小海線のホームは1面1線という、非常にシンプルな駅になっていますが、上から新幹線を見下ろす…というのもなかなか新鮮です…。ホームから見える新幹線の方向は西南向きですが、北東側には、天気が良ければ浅間山も望めると思います。この時は何故か晴れていて、なんとか望める事が出来ました。この天気が朝から続いて入ればと、何度思った事か…(笑)。
それに比べて、佐久平駅から0,9kmの距離にある岩村田駅は、なんとか昔ながらの雰囲気を保ってもいます。ここも割りと活気のある駅で、周辺に3つの高等学校があるらしく、自分の利用した17:00頃は、下校時の学生で結構混み合っていました。確かに、ローカル線の主な客は高校生です。小海線も観光だけではなく、こんな要素があったのだと思いますが(笑)、なんか嬉しくもなる出来事でしたね。もしかしたら、自分の想像以上に色々な側面を持った路線なのかもしれません。
岩村田駅から20分弱で、終点、小諸駅に到着します。途中下車が、小淵沢駅を含めて4回行いましたが、一応1日で終われましたね。東京から日帰りの“鉄道さんぽ”では、小海線の規模を考えると、これくらいの遠さが限界かもしれません…。たまにはまた、東京から離れた土地にある路線を扱ってみたいと思います!
さて、この小諸駅。この付近の新幹線は佐久平駅を通っているので、在来線から発展してきた当駅付近は、若干肩身の狭い思いをしているような気がしてしまいます。新幹線が出来て、ここを走っていたJR信越本線という幹線路線も、しなの鉄道という第3セクター経営の鉄道会社になりました。今回の旅でも少し使ってみましたが、そう言えば、しなの鉄道に転換されてから利用したのは今回が初めてでもありましたね。昔(高校時)、この辺りの信越本線にはよく乗っていたものですが、今ではパタリと乗らなくなってしまっていたのです。恐らく、現在は新幹線で通過してしまう場所なのだからとも思いますが、小海線に乗って、また新たな魅力を再発見した事もありますし、いつかはこちらの鉄道も記事にしてみたいと思いますね。信州を走る路線は、ただでさえ景色の良い路線が沢山あるのですから…。
この日は本当に暑く、過去の“さんぽ”の中でも屈指の過酷さを極めていましたが(笑)、それ故に本気の夏を体感できた1日でもありました。写真と共に、そんな夏の“さんぽ”を楽しんで頂ければと思います!
●日時…2010年8月16日 ●路線距離…10.0km ●駅数…15駅
江ノ電の旅は、藤沢駅から始めるのが良いかもしれません。鵠沼の住宅地を抜け、江ノ島駅を過ぎると海が見え、そして徐々に鎌倉の街並みに入っていくのが奥ゆかしいです。路線距離こそ10kmしかありませんが、その車窓の変化はあり過ぎるほど、見所の詰まった路線でもあると思います…。そんな旅の始まりの起点、藤沢駅は、デパートの中にホームがあるという形態の、ある意味で江ノ電で最も近代的な駅でもありますが、それでもどこかノスタルジックな雰囲気を醸し出しているのは、やはりこの鉄道が持つ魅力によるところでしょう。いきなり旅気分を盛り立ててくれるわけです。
江ノ電の時刻表は、実にシンプルです。それは早朝・深夜を除き常に12分間隔で、藤沢駅発の時刻を見ると、毎時00、12、24、36、48分発となっています。これなら時刻表もいらないくらいでしょう。…逆に、これ以上の増発は出来ません。全線単線で、列車同士が行き違い出来る駅も限られ、しかも現在それらはフル活用しているからです。列車は2両編成を基本とした車両を繋ぎ、4両編成で走っている事が多いですが、元々が小型車でもある為、よく混んでいるようなイメージがあります。まあ、基本的に自分が江ノ電に乗る時期というのは夏が多く、しかも観光客がよく利用する時間帯に限られる為、たまたまそうなのかもしれませんが、江ノ電は都心から1時間で来れるような場所でもある為、こういった方達にもよく利用されているのは事実です。この日も例外ではなく、藤沢駅発車の時点で、かなりの立ち客が目立つ感じになっていました。
江ノ電に使われている車両は、2両編成が基本…と書きましたが、それら2両分は全て連接車〔鉄道さんぽ 3.(JR東日本、京葉線編)参照〕となっていて、急カーブでも曲がれやすいようになっています。また、右下の写真を見ても分かるように1両は短く、この後紹介する併用軌道区間を有する鉄道でもある為、よく路面電車に分類されそうになるのですが、扱い的には普通の鉄道となっています。しかし、こういった車両、線形の特徴から、付近の街並みに驚くほど溶け込んでおり、これもまた江ノ電の魅力の1つになっているのだと思いますね。それぞれの駅の個性も強く、本当は1つ1つ紹介したいくらいですが、ここでは主な駅・路線風景に留めておきたいと思います。
藤沢駅を出て、最初の行き違い駅が鵠沼駅です。ここまで藤沢駅から約5分掛かるので、ここで藤沢駅行きの列車とすれ違って、その列車が再度藤沢駅に着くのが、前の列車が発車してから約10分後…。江ノ電は12分間隔で運転されているので、基本的に藤沢駅で折り返しの為に停まっている時間は約2分…という事になります。藤沢駅に列車がやってきて折り返して発車するまで、いつも短い時間で発車している感じがあるのですが、こういった事情があるわけですね。全線単線という状況ならではだと思います。
話しが逸れましたが、鵠沼駅周辺の道路は狭く、車もろくにすれ違いが出来ないような状況の街並みでしたが、これが鵠沼という土地らしさを表しているような気もしました。大通りが近くにないので、閑静な住宅街…という感じでしょうか。そこに時折聞こえる江ノ電の走行音、そして踏切の音だけが、時間の動きを作り出し、また、夏のワンシーンを展開させているようにも思いました。この駅の鎌倉方には、遠くに江ノ島を臨む事が出来、いよいよ海が近付いたと感じさせますが、まだ海が見えるのは少し先の区間になります。
この後は路線を右に左とカーブを繰り返しながら、江ノ島駅に到着です。実際の江ノ島までは少し歩きますが、駅から一本道なので迷う事はまず無いでしょう。中枢の駅、また、江ノ島観光の拠点駅でもあるので、何となく明るい雰囲気が漂っているようにも感じられます。
この駅から次の腰越駅までが面白いです。路線は道路との併用区間に入り、さながら路面電車のような風景が展開されるのです!…更に言えば、1両が基本の路面電車と比べると、こちらは最大4両編成ですから、いくら小型車と言えど迫力が違うわけです。また、この道路があまり広くない(商店街ですからね…笑)という事もあって、ますますスリル感が倍増されているように見えます。よく車に当たらないものだと感心してしまいますね…(笑)。
併用軌道区間に入ったところに、かつて江ノ電を走っていた昔の車両の先頭部が入っているお店を見付ける事が出来ます(左下写真参照)が、このお店こそが、江ノ電名物?江ノ電もなか…と作っているお店でもあり、実際、この運転部分でお菓子が作られています。ここから眺める、線路の上を走る現役の車両達…というのも何とも興味深い光景ですが、行き交う列車を見守っているようにも感じられ、何とも和やかな思いにさせられますよね。是非、注意して観察してみて下さい(笑)!
走っている車内からは、やはり運転台からの景色が気になってしまいます…。
そして、こんな緊張感のある区間(笑)が終わると、まるで路地裏にあるかのように腰越駅へと到達していきます。写真で見ても狭さは伝わると思いますが、更にこの駅は3両分しかホームが無く、4両編成の列車が停車する際は、1両分だけホームからはみ出して停車、右下の写真のように、1両はドア扱いもせずに乗降を行います。車内ではその旨は何度も案内していますが、やはり慣れない人は戸惑ってしまうようです。実際、自分が今回乗っていた時にも、これらの事に気付かずに、腰越駅で降りれないお客さんがいたくらいです…。これもまた、江ノ電お馴染みの風景…(笑)?
さて、こんな腰越駅を出ると、暫く狭い区間が続く…という感じですが、これが一気に目の前が広がる風景に出合います。そう、海に出るのです。…この瞬間が、江ノ電の車窓の中で最も華やかな瞬間ではないでしょうか。混んでいる車内からも、喜びと驚きの声が上がるくらいです。ひとまずは海に釘付け…という感じでしょうね。そして、その海の風景は暫く続くので、やはり印象的な区間になっているに間違いありません。
海に出て暫くすると、鎌倉高校前駅です。道路を挟んで反対側はもう海…という感じで、これぞ湘南の駅という雰囲気満点です。鎌倉高校は、駅前の道を線路方向に進み、最初の踏切の道を左に曲がって坂を上って行けば辿り着きますが、この踏切の風景はとても有名で、もしかしたら誰もが一度は見た事はあるのではないでしょうか(右下写真参照)…。坂の上から踏切を臨み、その向こうは無限に広がる雄大な海…。何とも素晴らしい光景であると共に、江ノ電がよく似合う“絵”でもあるのです。如何に江ノ電が海と共に歩んできたか分かるというものです。そんな事を思いながらも、炎天下の中、身体は汗だらけではあったのですが…(笑)。
鎌倉高校前駅を出るとすぐに、江ノ電唯一の信号所、峰が原信号があります。駅は設置されてないものの、列車の行き違いは可能で(日中は必ず行います)、海を見ながら対向車を待つという風情も良いかもしれません。元は鎌倉高校前駅が行き違い駅になっていたのですが、並行する道路の拡幅に伴い、現在の場所が選ばれたのだそうです。その為か、ここではよく藤沢行きの列車が先に到着して、鎌倉駅行きの列車を待っているようなイメージがあります。
稲村ケ崎駅を過ぎると、これまで並行してきた海と離れ、少し山間に入って行きます。やはり近くを走る道路は狭く、走る列車にしても車にしても、どちらも肩身が狭そうにしているのが面白いです。恐らく江ノ電の沿線で一番ひなびた雰囲気を走る区間ですが、カーブが多く、そんなに速く走れないのも、そういった雰囲気を後押ししているように思います。この稲村ケ崎駅から次の極楽寺駅の間に、江ノ電の車庫が設置されています(右下写真参照)。
次の極楽寺駅は、駅名の由来となった極楽寺の真ん前に位置し、ここもまた風情溢れる駅だと思います。駅の鎌倉方には極楽寺トンネルが控え、その向こうはいよいよ鎌倉旧市街です。鎌倉という土地は、どうしても山を超えないと入れない場所にありますが、現在でもその入り方は変わってないと思わせるような地形でもありますね。ちなみに極楽寺駅は、鎌倉高校前駅と共に、関東の駅百選に選定されています。
極楽寺トンネルを抜けて、すぐ左側にある神社が御霊神社です。この神社は裏側からも入れますが、表から入るには、まず江ノ電の踏切を越えて入らなくてはならないという、なかなか面白い構造になっています。如何に江ノ電が古くから走っていて、そして如何に昔から街に溶け込んで存在しているか…という事ですよね。ちなみに、この辺りの線路に面している住宅も、やはり江ノ電の線路を経由しないと玄関に達せない構造になっている所が幾つかありました。ここを過ぎると長谷駅。鎌倉大仏の最寄り駅ともなっています。
昨今では、鎌倉大仏がかなりメジャー化?(外人に特に…)した事により、長谷駅~鎌倉駅は常に混雑している区間にもなってきた感じがありますが、ここから鎌倉駅までは、後5分という道のりです。そして、鎌倉駅までの最後の交換駅が長谷駅でもありますので、列車の運転形態的には、先程説明した藤沢駅~鵠沼駅間と似たような状況がここにはありますね。とにかく、鎌倉駅まではあと3駅です。
…という事で、終点鎌倉駅に着きました。藤沢駅からは34分の旅です。鎌倉駅も藤沢駅と同じく、発時刻が毎時00、12、24、36、48分となっているので、基本的に鎌倉駅での折り返しも2分弱ぐらいしかありません。江ノ電車両は、今日も休みなく働き続けるのです!
…如何でしたでしょうか。営業距離がたったの10kmという路線の割りには、本当に見所が沢山といった感じだったと思います。しかし、これでも相当端折ったのです。そもそも今回は、バラエティに富んだ車両についてあまり説明をしませんでしたし、その中には300形という、車齢50年もなる車両も含まれています。この車両は2両1編成しか残っていなく、そして夏場はあまり出番が回ってこない(この日も車庫で休憩?中でした)ので、今回は説明は省きましたが、この車両こそが江ノ電のイメージ・リーダーと称する人も多く、まだまだ江ノ電には魅力が一杯です。そして最初に話した通り、やはり江ノ電には夏という季節が似合うのです。
首都圏から約1時間で行けてしまうこの路線。全線乗っても34分ですし、そもそも江ノ島という場所が著名な観光地であるので、行く理由は沢山あると言っても良いでしょう。何だかんだで一度くらいは乗った事があると言われそうな路線でもありますが、今一度、江ノ電の魅力に触れてみては?…と思った1日でした!
☆江ノ島電鉄のHP…www.enoden.co.jp/
JR京葉線を走る車両というのは、現在、通勤型だけで、E331系、209系、205系、201系の4種類があります。このうち205系は、当初から京葉線に投入された、先頭車前面の形状が従来とは異なる車両と、山手線や南武線、埼京線、中央・総武緩行線から転入されてきた車両があるので、見た目には違う車両のようにも見受けられます。また、JR武蔵野線からの直通電車もやってきます。
しかし、今年の夏からはE233系という新しい車両が導入され、E331系以外は全て置き換え対象となっているらしく、車両のバラエティさから言えば少し単調なものになってしまうに違いありません…。そもそも、E331系は試験的要素の強い車両であるので走行する機会は少なく、基本的に京葉線は、E233系の路線…というようになってしまう筈です。
209系や205系の一部は、E233系の導入によって、他の路線に転属されるらしいのですが、今や首都圏の通勤路線では最古参の車両である201系は、これで間違い無く営業路線を引退となるでしょう。今やJR東日本では、JR中央快速線に2編成と、ここ京葉線に4編成が残るのみとなってしまいましたが、中央快速線では今年の10月に完全引退で、京葉線も、そろそろ終わりが見えてきた感じです。
つまり、色々とバラエティのある状態の京葉線に出会えるのは正に“今”であり、だからこそ、今回この路線を選んだという次第です。また、京葉線は珍しく、平日と土・日のダイヤが著しく異なっている路線でもあり、それぞれにしか運転されない列車・車両もあるので、基本の日にちを6月27日の日曜日とし(ピアノトリオのライブの前の時間に実行…笑)、6月14日の月曜日にも、ちらっと行ってきまし(笑)。色々と前置きが長くなってしまいましたが、そんな状況下の路線という事を、少しでも知って頂ければと思います!
●日時…2010年6月27日(予備日…6月14日)
●路線距離…43.0km ●駅数…17駅(西船橋への支線を除く)
京葉線は東京~蘇我間を結ぶ路線ですが、東京駅から京葉線に乗った事のある方は、その移動距離の半端無さに驚くかもしれません…。東京駅の東海道新幹線乗り場の近く、八重洲南乗り換え口からその通路は続き、約300m程の移動をし、そして更に地下深く潜っていかなければならないのです。特に、地下鉄丸ノ内線、JR横須賀・総武快速線からが遠く、恐らく、乗り換え時間が10分あっても、相当ギリギリな感じになってしまう事と思います。
これは、京葉線のホームが地下にあり、道路でいうと鍛冶橋通りという、かなり有楽町駅寄りな場所に位置している為ですが、それならば…と、有楽町駅から行ってみる道のりも紹介します(もちろん、いったん駅からは出なければなりませんが)。JR有楽町駅の国際フォーラム口を出て、そのまま国際フォーラムに向かって歩いていきます。そして、国際フォーラムの入口を右側に見つつ、そのまま東京駅寄りに進んでいくと、地下に進める入口(右下写真参照)が見えてくる筈です。ここまで、有楽町駅からは徒歩5分弱といった感じでしょうか。あとは地下に下りていくだけで、場所によっては、こちらからの方がスムーズと思う事もあるかもしれませんね。特に、地下鉄有楽町線からの乗り換えは、そう思いそうですが、地下鉄有楽町線を利用する人が京葉線に乗る時と言うのは、基本的にこの先の新木場という駅を使うというのが、皮肉と言えば皮肉です…(笑)。
さて、京葉線の東京駅ホームは2面4線あり、ここからは特急“わかしお”や“さざなみ”、そしてJR武蔵野線からの直通車両、そして快速や普通という種別もあるので、乗る時は注意しないといけません。今回は鉄道さんぽという事で、各駅停車で向かっていきたいと思います。
東京駅を出て次の駅の八丁堀駅は、地下鉄日比谷線と乗り換えられる駅で、快速も停まる重要な駅?なのですが、その次の越中島という駅は、京葉線だけの単独駅で、しかも普通しか停まらない駅(半分以上の列車が通過していきます)なので、乗降客数が非常に少ないです。調べてみると、なんと東京23区のJRの駅では、一番利用者数の少ない駅でした。そもそも、京葉線の列車の本数というのが、他の路線と比べると少なく、普通列車に至っては、1時間に4本しか運転されていないのです。つまり約15分毎…という事ですが、東京駅から2つ目の駅で、このような駅があるというのも不思議な感じはしてしまいます。ここまで地下駅であるので、地上からも目立たない駅ではあるのですが、都会から忘れ去られた場所…とでも言いましょうか(笑)。なかなか他では味わえない駅でもあります。
越中島駅を出ると地上に出て、開放感のある潮見駅に到着します。この駅は6月14日の平日に降りてみた駅だったのですが、越中島駅と同様、普通しか停まらない駅なものの、意外と利用者数は多かったように感じました。確かに辺りを見回してみると、以前は倉庫や鉄工所ばかりの場所だったのに、いつの間にかマンションや大型商業施設なんかも出来たりして、新しい街のような雰囲気を醸し出しておりました。ここで、JR京浜東北線から転入してきた209系500番台(左下写真参照)と、編成を途中で分割させる必要がある為に必ず201系を使う、貴重な平日のみの運転の通勤快速『成東・勝浦行き』(途中の誉田という駅で、行き先が2つに分かれる列車です…右下写真参照)を撮っておきます(この列車を写真に収める為に、平日という日に繰り出しました…笑)。
次の新木場駅は、地下鉄有楽町線や、東京臨海高速鉄道りんかい線等が乗り入れる、京葉線にとって乗り換え客の多い駅で、実際、朝の車内の混雑状況は、蘇我駅から来た列車はここまでがピークとなっています。自分も、基本的に京葉線に乗りに行く…と言ったら、有楽町線で新木場駅まで行く事が殆どです。乗り換えも簡単ですしね。それくらい、東京駅での乗り換えが面倒という話しでもあるのですが…(笑)。
ここからは暫く海沿いを走ります。お陰で風に弱く、よく“強風の為運転見合わせ”という文字をよく見ます。京葉線が運転見合わせになると、この辺りの代替路線は地下鉄東西線ぐらいしかなく、しかも近くても3~4kmくらいは離れているので、一気に陸の孤島となってしまうのが厳しい感じでしょうか。速さ的には便利なんですけどね。
葛西臨海公園駅、舞浜駅と、エンターテイメント施設のある駅が続きますが、舞浜駅はもはや平日でも賑わっていますね。言うまでもなく、東京ディズニー・リゾートの最寄り駅でもある為ですが、実はこの舞浜駅のホームの一番東京寄りは、京葉線の車両を撮る撮影ポイントとしても有名なのです(笑)!…上の写真を見ると分かりますが(どちらも205系という車両で、右が京葉線用205系です)、編成に障害物がまるで掛からないのがお分かりでしょうか。意外にこういった場所は都内近郊では少なく(一応ここは千葉県ですが…笑)、更に言えば、編成が少しカーブしているのが、写真写りを良くしてくれてると言いましょうか…(笑)。とにかく、自分がここを訪れた日曜日ともなれば、このポイントに6、7人は陣取ってましたね…。もちろん、目的の車両もあった為なのですが、これは後にお話ししましょう。
しかし、ディズニー関連の場所に行かずして、舞浜駅に降りた…というのは、今回が始めてかもしれませんね(笑)。何だか、いつもに増して、客観的にこの場所を見れた自分が面白かったです。今度この場所に来る時はいつになるのやら…(笑)。
…さて、先に進みましょう。次は新浦安という駅で、土日ダイヤでは、当駅で快速と普通列車の接続をとっています(普通列車が、後から来た快速列車の待ち合わせを行います)。この付近は住宅地ですが、場所によってはまだ東京ディズニー・リゾートが見える場所でもあり(特に、夜の花火とかは見れるでしょうね)ここから舞浜方面の線路を望むと、もしかしてディズニー・ランド(シー)をバックに列車が撮れるのではないか?…と思ってしまいます(笑)。そして、結果は左下の写真通り。…何気にディズニー・シーのプロメテウス火山がバックに入り込んでいるような…(笑)。これには相当な望遠レンズが必要ですが、ある意味京葉線らしい光景かもしれませんね。
新浦安駅を出ると、市川塩浜駅、二俣新町駅、南船橋駅と続きますが、この辺りは典型的な工業地域で、駅間も結構長い区間でもあります。市川塩浜駅を過ぎると、途中で西船橋駅方面に行く支線が分かれ、更に二俣新町駅にの先では、逆に、西船橋駅方面から来た支線と合流します。これは、高谷支線、二俣支線と呼ばれ、どちらも京葉線という扱いの路線なのですが、営業上はJR武蔵野線と案内されており、実際、京葉線に直通してきた武蔵野線しか、基本的にはここは通る事はありません。
要するに、路線図で見るとデルタのような形になっているのですが、面白いのは、このデルタの底辺となる京葉線上の、それぞれの分岐点の中間に、二俣新町という駅がある事です。先程も言ったように、この辺りは工業地域ですので、日曜日に利用しても、殆どお客さんは見かけないという状況で、路線状況上、武蔵野線はここを通らないので、何だか路線自体から忘れ去られた感が満載の駅でもありました…。遠くには、支線を通過していく武蔵野線の列車なんかも見え、特に悪い居心地ではありませんでした。こうした不思議な雰囲気を持った駅もあるのですね。
再び支線と合流し、南船橋駅へと着きます。ここは日中の武蔵野線との乗り換え駅でもあり、武蔵野線側から見ると、京葉線の東京方面へ行く列車と、こちらの南船橋駅に向かう列車に二分されているわけですが、本数的にはこちらの方が多いようです。…とは言え、元々の本数が少ない武蔵野線ですから(平日は1時間に5本、土日は1時間に6本の運転)、それが二分されてしまうと、更に本数が少ない事になってしまい、時刻確認は必須かと思われますね。
そして、新習志野駅です。ここは普通しか停まらない駅ですが、この先に京葉線の車庫(京葉車両センター)があり、ここを始終着とする列車も多いので、駅構内が広めに造ってあるのが特徴です。しかし今見ると、無駄に広い感じも拭えません…。それよりも不思議に思うのは、この駅のホーム形態です。この駅は、島式ホーム1面2線を単式ホーム1面1線2本が挟む、計3面4線のホームを持っているのですが、何故新浦安駅のような、2面4線のホームにしなかったのでしょうか。真ん中の島式ホームが、基本的には当駅を始終着とする列車が使うのですが、例えば当駅止まりの列車に乗ってしまった場合、ここから先に向かうには階段を介してホームを替えなければいけません。逆方面も同様です。路線上は、通過列車と当駅始終着列車が分けられて、分かりやすいのかもしれせんが、利用者にとっては不便この上ありません。どうも、旧国鉄の路線というのは、そんな感じの駅が多いような気がします。私鉄だったら、まず有り得ないような構内配置ですね。こうした、旧国鉄の遺産?も見られるのが、京葉線でもあるのです。
新習志野駅から次の海浜幕張駅までの間、車窓の左手に京葉車両センターが見えてきますが、早速、今後の京葉線の主力を担うE233系の姿が確認出来ました。しかも、その数は複数あるのが分かります。今度の夏まで、もう出番が待てない…といった感じでしょうか。この車両は、既に中央快速線、京浜東北線、東海道本線、常磐緩行線に投入されていますが、京葉線の赤色の帯を纏う姿というのは勿論この時に初めて見たわけで…、なかなか新鮮な感じで良いなと思いました。いつ頃この車両に完全に入れ替わってしまうのかはまだ分かりませんが、京浜東北線の例(現在、既に前者がE233系の路線です)からしても、それは本当にあっという間かもしれませんね…。
さて、そんな思いで海浜幕張駅に着きました。この駅では終日折り返し列車が多数設定されていて、この先は快速、普通を含めて1時間に計4本のみの運転となっております。最初に言ったように、京葉線は平日と土日ではダイヤが大きく異なっているのですが、それは特に快速の本数に表れていて、平日は1時間に2本の運転ですが、土日はその倍の、1時間に4本の運転です。やはり、沿線周辺に東京ディズニー・リゾートや、ここ幕張メッセ等がある為ですが、普通はどちらも1時間に4本の運転なので、この海浜幕張駅を境に、平日は快速2本と普通2本、土日は快速4本が、終点の蘇我駅まで運転されているのです(快速も、この先は各駅に停車をしていきます)。そろそろ東京から大分走ってきたなあという感じでしょうか…?
この駅で一旦降りつつ、先程紹介しそびれてしまった、京葉線のみに走っている貴重な車両、E331系(右上写真参照)について紹介しておきましょう。この車両、見た目はそんなに普通の車両と変わらないと思うかもしれませんが、よく見ると大きく異なっている部分が多々存在しているのです。
まず駅の列車案内表示板を見た瞬間に、この列車が来たかどうかはすぐ分かります。…というのは、京葉線の通勤型列車は全て10両編成なのですが(武蔵野線は除く)、この車両は何と、14両編成なのです。何故この車両だけ?…と思うかもしれませんが、実は列車の全体の長さは同じなのです。…どういう事かと言うと、つまりは1両あたりの長さが短く、そしてそれらは、前面と7両目~8両目の間を除き、台車が連接台車となっているのです。
言葉で説明するより、上の2枚の写真を見た方が分かるかもしれません。普通は、1つの車両につき、前後に1つずつ台車があるのに対し、この車両は、1つの台車の上に前後2両分の車両が載っかっているのです。こういった台車を連接台車、そして車両を連接車と言い、日本ではあまり採用例が無いのですが、有名なところですと、小田急電鉄のVSE車〔竹内大輔の写真日記(~2009)、町田 Herbie Xmas Live、2009!参照〕を始めとしたロマンスカー車両の一部、後は路面電車に少々…という感じです。そして、国鉄→JR保有の鉄道車両に限ってみると、営業運転を行っている例はこのE331系が初となり、かなり試験的要素が強い車両である事も分かると思います(この写真、1編成のみの存在です)。
…故に、運転中の姿を見かけるのは本当に少なく、基本的に土日(もちろん祝日も含みます)のみの運転で、その運用も基本的に決められています。逆に言えば、運用さえ知っていれば乗り(撮り?)狙える車両でもあり、今回、この車両目的の人も結構いたように感じられました…。恐らく、今の京葉線の土日における日常風景なのかもしれません。先頭車両は、ロングシートとセミクロスシートを自由に換えられる機能を持っている車両でもあり、かなり個性的な車両でもあるのですが、どうやら試験期間は今年までらしいので、今後ちゃんとした量産車が出てくるのかどうかはまだ分からない状態です。そんな状況で、普通にE233系の登場が決定ですから、本当に今後がどうなるのか、全く読めない車両でもあるのです。もしかしたら、乗るのも見るのも今のうちなのかもしれません…。
さて、海浜幕張駅を出ると、後は終点の蘇我駅まで、いわゆるニュータウン風の車窓が続いていきます。検見川浜駅、稲毛海岸駅と停まり、一時期は終点だった千葉みなと駅を過ぎて、左手から外房線が合流してくると、終点蘇我駅です。路線上では終点ですが、特急列車や一部の電車には、この先、外房線、内房線に直通する列車も多数設定されています。
ここまで、快速列車なら東京駅から約45分という感じでしょうか。以前は通過駅がもっと多かったので40分ぐらいでしたが、快速と普通の混雑平均化という名目で、本数の削減と若干のスピードダウン(快速の海浜幕張駅~蘇我駅間の各停化)が行われて、このような状態になっているのです。それでも、当駅から総武線快速経由で東京駅に向かうと、約50分は掛かってしまうので、やはり京葉線は“使える”路線なのかもしれませんね…。特に、この先の外房線、内房線沿線の人には、一気に都心を近付かせた路線とも言えそうです。今後E233系ばかりとなった京葉線はどう映るのか…。まだまだ興味は尽きない感じですね!
最後に、葛西臨海公園にある風景の写真でもどうぞ♪…実は京葉線は、自分が思っている以上に色々な側面のある路線なのかもしれません。ディズニー・ランドに行くだけの為に使うのではなく、是非“今”の京葉線の良さを味わいに、乗りにいらして下さい!

2月26日(日)